The Scotch

第14章
MALT WHISKY

モルトウイスキー

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We'll mak our maut, and we'll brew our drink,
We'll laugh, sing, and rejoice, man
モルトをつくろう、酒を醸そう、
笑い、歌い、楽しもう、な!
"The De'il's awa' wi' the Exciseman" Robert Burns


個性的なモルトたち

 <バランタイン17年>の調合法は秘伝として厳重に保管されており、マスターブレンダーのジョージ・ロバートソンからジャック・ガウディー、そしてロバート・ヒックスに継承され、社内でその内容を知るのは5〜6人のみである。また、写し1部がロンドンのアライド・ドメック・グループ本社の金庫室にしまわれている。

 <バランタイン17年>には、最高で40種に及ぶモルトウイスキーがブレンドされている。スコットランドのあらゆる地域の蒸溜所から送られてくるものだ。それらのモルトすべてを所有するような大きなウイスキー会社は存在しない。長いあいだ、業界内でブレンド用モルトを融通し合ってきたのである。これらのモルトは蒸溜された場所で最適の状態に熟成されたあと、ロバート・ヒックスの検査を受けるため出荷されてくる。

 バランタイン社が所有するモルト蒸溜所でも、<バランタイン17年>の個性の中核を担ういくつかのモルトウイスキーがつくられている。それらの蒸溜所の歴史、原料、そして独特な製法が一連の優れたウイスキーを生み出し、ロバート・ヒックスが指揮する見事なオーケストラの構成楽器として、アンサンブルの中心に位置しているのである。

 なかにはソロプレーヤーとして独り立ちしているウイスキーもあり、世界中のシングルモルト通に愛されている。それ以外の、<バルブレア>や<アードベッグ>といったブランドは特別な機会にボトリングされるだけで、ほとんどバランタイン社のブレンド用としてのみ製造されている。それぞれに個性的なモルトウイスキーたちを紹介しよう。

アイラ島

 ウイスキー作家のマイケル・ジャクソン Michael Jackson は、かつて「アイラ・モルトは、中国産高級紅茶のラプサン・スーチョンだ」と書いた。ヘブリディーズ諸島に属するアイラ島の、豊かで個性的な自然のなかに立つ7つの蒸溜所の製品にぴったりの表現である。<アードベッグ>などいくつかのブランドは、アイラ島の地質そのもののようにピートの特徴が際立っているが、他の銘柄はスモーキーフレーバーもより控えめで、ソフトである。

 アードベッグをはじめとするアイラ島の蒸溜所はいずれも海辺に位置し、専用の桟橋をもっている。かつて“パッファー”と愛称されたクライド Clyde 社のポンポン船が石炭を運び込み、代わりにウイスキーの樽を積んでグラスゴーへと戻って行ったものだ。

 アードベッグは自前の製麦施設をもつ由緒ある蒸溜所である。最初の認可蒸溜所は1815年、マクドゥーガル MacDougall 家によって建てられた。島の南岸にあるラフロイグに地理的には近いが、ウイスキーは<ラフロイグ>とは少し異なり、熟成するに従って豊かなシェリー酒のような甘みを深める、より泥臭い味わいのウイスキーだ。

 <アードベッグ>は<バランタイン17年>にブレンドされるアイラ・モルトの中核をなすウイスキーであり、<17年>にピート香と辛口でスモーキーなフレーバーを与えている。アードベッグもラフロイグも島の同じ場所に水源をもつが、ピート燻蒸の度合いやスチルの大きさ、形は異なっている。アードベッグ蒸溜所のスチルはずんぐりしていて背が低く、容量が大きい。

 両蒸溜所の所長であるイアン・ヘンダーソンは、背が高くてやせ型のスチルは軽いウイスキーをつくると考えているが、<アードベッグ>はヘヴィータイプの濃厚なモルトであり、<17年>にブレンドされるハイランド・モルトの花のようなブーケとのバランスが絶妙だ。

 「人によって、理想とするフレーバーは異なる。強いて言えば<ラフロイグ>のピリッとした刺激香に対し、<アードベッグ>にはかすかな甘みがあり、アフターテイストにピートのスモーキーフレーバーが残る。また<アードベッグ>には、ワインでいう“こく”がある。これはおそらく、他のアイラ・モルトにはないものだろう。近くのポート・エレン Port Ellen でつくられる<アードベッグ>の麦芽は、業界で最もピート燻蒸度の強い、ユニークなものなんだ。仕込みの水も変わっている。1995年は日照りが14週間も続いたが、不思議なことに、アードベッグの水源になっている湖だけは枯れなかった。一貫して5500万ガロン(25万トン)の水が確保されていた」とイアンは言う。

 「アイラ島で熟成した場合の大きな特徴のひとつは、極端な気候の変化がないことだ。霜も雪も降ったことがない。悪天候のときもあるし、時速112キロの強風も珍しくないが、概して温暖だ。これはウイスキーの熟成を促進する重要な要素なんだ」

 アイラ島は小さな島であるにもかかわらず、世界最高級のシングルモルト・ウイスキー数ブランドの故郷として、偉大な名声を獲得している。<バランタイン17年>の隠し味となる<ラフロイグ>もそうしたブランドのひとつである。

 1815年に蒸溜を開始したラフロイグは、ドナルドとアレックスのジョンストン兄弟 Donald & Alex Johnston が創始した蒸溜所である。ラフロイグとは、ゲール語で“広々とした湾の美しい窪地”の意だ。兄弟は花崗岩の断崖によって北から吹く潮風から守られた場所に、一群の白壁の小屋を建てた。

 松林と海岸に挟まれた岩のくぼみにあるラフロイグは、今なおフロアモルティングを行っている数少ない蒸溜所のひとつである。麦芽に個性的な“リーク”という心地よい煙臭をもたせるため、もうもうと渦巻く濃密なピートの煙で乾燥させている。そのシングルモルトはスモーキーでピート香のあふれるパレートと、潮味が入り混じったかすかな甘みで世界的な称讃を浴びている。

 1994年の夏、チャールズ皇太子 Prince Charles がこの蒸溜所を訪問された。2時間半の見学でウイスキーの利き酒をし、発芽工程の麦芽を実際にかき混ぜられた。見学後に<ラフロイグ>のひと樽が皇太子に献上されたが、それはボトリングされ、慈善オークションにかけられている。

 <ラフロイグ>がチャールズ皇太子のお好みのモルトであることは、今や公然の秘密である。訪問の半年前には、シングルモルトとしては初めて、王室御用達の称号が授与されている。以後、<ラフロイグ>のボトルにはすべて、プリンス・オブ・ウェールズの羽根飾りと“プリンス・オブ・ウェールズ殿下御用達”の銘を記すことが許された。

ハイランド北部

 スコットランド東北部、イースター・ロス Easter Ross のドルノック Dornock 湾北方に位置するバルブレアは、ハイランド地方でも最も伝統に忠実な蒸溜所である。そのウイスキーの甘く、木の実のような風味はテイン Tain 川一帯ではきわめて有名だ。そのことは、近在のスキボ Skibo 城の城主アンドリュー・カーネギー Andrew Carnegie の死後、特別注文の<バルブレア>の瓶が酒庫で大量に見つかったことからもわかる。

 バルブレア蒸溜所では、いつの時代にもスコットランド人特有の才覚が発揮されてきた。ここでは、18世紀初頭から発酵と蒸溜が行われてきた。1872年に蒸溜所を改築する際、所有者のアンドリュー・ロス Andrew Ross(ロス一族は、現在もこの一帯で活躍している)の脳裏にある考えが閃いた。彼は古い建物を保税倉庫に改造し、新しい蒸溜施設を丘の上に新築したのである。新しい蒸溜所は、ウイスキーづくりの各工程が、重力の法則に従って進行するように設計されていた。

 数年後に施設が完成したあと、ウイスキー作家のアルフレッド・バーナードが汽車でバルブレア蒸溜所を訪ね、丘の傾斜を利用してエネルギーを節減しているのを見て、いたく感心した。

 「大麦は発芽場からシャベルでキルンに放り込まれ、乾燥が終わるとさらに低い位置にあるミル(粉砕機)に移される」と、彼は大著『大英帝国のウイスキー蒸溜所』に書いている。

 「粉砕が終わると、グリスト(粉砕麦芽)はまっすぐマッシュ・タン(糖化槽)に下りて行き、今度はそこからウォート(麦汁)がウォッシュ・バック(発酵槽)へ流れ落ちていく。すべてが重力に従って行われる。ポンプは一切使わなくてもいいように、地面の自然な傾斜が利用されているのである。ウォッシュ(発酵終了モロミ)はウォッシュ・チャージャー(モロミ受けタンク)へと流れていく。これはスチルを見下ろす位置に立っていて、蒸溜液も同様にスピリット貯蔵庫内のヴァット(溜液受けタンク)に下りていく」

 バルブレアの所長、ジム・イェーツは「創始者のジョン・ロス John Ross は、川が流れ込む丘の麓でウイスキーづくりを始めた」と言う。

 「その孫が蒸溜所を拡張し、すべてが重力によって高いところから低いところへ流れるようにしたんだ」

 スカンジナビア半島の対岸に位置し、北海に面したイースター・ロス郡は何度もバイキングの侵略を受け、戦闘の舞台になってきた。口に輪をはめた魚の絵を彫り込んだ古代の巨石が、蒸溜所近くの草原に立っている。地元の言い伝えによれば、冒険心旺盛な海の荒くれ者たちの墓の傍に、バイキング王カリウス Carius が埋葬されているという。バルブレアという名からしてゲール語で“戦場”を意味するし、この一帯には負傷者が手当てを受けたという“医師町”、“悲嘆”、そして“幼児の泣き場”といった意味の地名が見られる。

 バルブレア蒸溜所は、ストルイ Struie 丘陵から川が流れ込み、羊の放牧地帯に囲まれた“ピート教区 Parish of Peats”という、のどかな風景のなかに立っている。古びた煉瓦の煙突、鋲止めの古風なスチル、そして木製のウォッシュ・バックは、歳月に磨かれた魅力を放っている。

 「ここを訪ねて来た学者やウイスキー史家は、みんな有頂天になるよ」とジム・イェーツは言う。

 「バルブレアは伝統的な貯蔵法により熟成がすごく早い。ピート香は強すぎることなく、フレーバーはやや甘く、少しクリーミーだ。その調和が素晴らしい」

スペイサイド

 アルフレッド・バーナードがグレンバーギー蒸溜所を訪れたころ、年産2万4000ガロン(約110キロリットル)のこのウイスキーは一流のワイン商でなければ買えなかった。

 「<グレンバーギー>は最高級の純粋なハイランド・モルトである」とバーナードは断言している。その名声は今も変わらない。しかし、最近は特別な機会にしか瓶詰めされることがなく、主に<バランタイン17年>をはじめとする名ブランドのブレンドに使われるのみである。

 グレンバーギー蒸溜所は1829年、ウィリアム・ポール William Paul 博士によって建てられた。博士はロンドンの名医、リッスン・ポール Listen Paul 博士の祖父であり、純粋に医療目的でしか<グレンバーギー>を嗜まなかったという。その仕込み水は近くのバーギー Burghie 丘陵の湧き水で、蒸溜所の大きな溜め池にじかに流れ込んでいる。

 「われわれの蒸溜所にはポットスチルが4基あり、ピート香の軽いモルトウイスキーを生産している」と発酵係のジョッキー・パーソン Jockie Parson は言う。

 「昔はローモンド・スチルが2基あり、よりピート香の強いモルトを蒸溜していて、そのウイスキーは<グレンクレイグ Glencraig>というブランド名で売られていた」

 ADLモルト蒸溜所の元総支配人、ビル・クレイグにちなんで名づけられた個性的なモルトはすでに生産を中止しているが、その貴重なモルトが数樽、いまだに残っている。

 しかし、<バランタイン17年>の中核を形成しているのは、香草のようなアロマと独特のオレンジ香スパイシーなフレーバーをもつ<グレンバーギー>である。スペイサイド地区の名高い蒸溜のメッカ、フィンドホーン Findhorn 渓谷で生まれた軽やかな辛口のこのモルトは、かつて高級ウイスキーとして世界中で名声を博し、今では<バランタイン17年>に重要な花の香りを添えている。

 その重層的な香りはあまりに複雑であり、黙してじっくり味わう価値がある。霊感を得るため、この豊潤なウイスキーを味わいつつ時間をかけて熱心に瞑想したのが、グレンバーギーの徴税官を務めたアイルランド人作家のモーリス・ウォルシュ Maurice Walsh である。グレンバーギー蒸溜所のカップボードの扉に今もその名が刻まれている彼は、花嫁探しに故郷の村に戻ってきたボクサーを描いた『静かなる男 The Quiet Man』という小説を書いた。ハリウッド映画界の名監督ジョン・フォード John Ford は、ジョン・ウェイン John Wayne とモーリン・オハラ Maureen O'Hara を起用し、アイルランド喜劇風の同名の映画をつくっている。

 この地方の女性と結婚したウォルシュは、グレンバーギーで働くうちにスコットランド訛りも身につけた。のちにアイルランドの徴税官に転身し、1933年に引退、1964年にダブリンで死去している。

 「いつだったかモーリス・ウォルシュ批評学会がアイルランドから団体でやって来て、この一帯を見て回り、例の扉を写真に収めていった」とジョッキーは回想する。

 「木製の扉に名前を彫るのは徴税官の習わしで、ウォルシュの名前も他の人たちの名前とともに残っているんだ」

 <バランタイン17年>の中核となる他のスペイサイドの主要ブランドとしては<ミルトンダフ>がある。クリーンで、堅固で、優雅な、ブレンダー好みのモルトだ。ミルトンダフ蒸溜所は、隣接するプラスカーデン修道院の敷地内に1824年に創建された。仕込みの水には、軟水で水晶のように透明かつピュアな湧き水を使い、より硬水に近い地元の井戸水は主に冷却用として使っている。

 プラスガーデン修道院では、現在も修道士たちが自給自足の暮らしを送っている。今ではもうエールはつくられていないが、聖なる川の流れはいまだ衰えてはいない。この水はウイスキーづくりに最適なため、かつては一帯に50軒もの密造蒸溜所が集まっていたほどだ。ミルトンダフ蒸溜所はこうした密造所の一角に政府登録蒸溜所として建てられ、その後の60年間、密造者たちが残していった道具を使って蒸溜を行っていた。

 「ミルトンダフ蒸溜所ではもともと水力を利用していて、数基の水車で機械を動かしていた。古い水車のひとつは、今もブラックバーンの流れで動いている」と所長のステュアート・ピリー Stuart Pirie は言う。

 「<ミルトンダフ>は軽やかで甘やかな花の香りをもつモルトで、ピート香は控えめだ。ブラックバーンの水と鉄製の発酵桶がこのクリーンなフレーバーの一因だ。スチルはかなり背が高く、ネックの先端で、コンデンサーに蒸気を導入するライン・アームがいつのころからか下向きに設置されたため、やや強めのウイスキーとなっている」

 それでも<ミルトンダフ>はスペイサイドの魅力の一端を担う独特の軽やかさや、<バランタイン17年>に不思議な味わいを与える花のような香りを失っていない。

 ほかにバランタインのブレンドに使われているスペイサイド・モルトとしては、ロマンチックなスペイ Spey 渓谷のクロムデイル Cromdale 丘陵で生まれる<ザ・トーモア The Tormore>と、この地区のはずれにある<ザ・グレンドロナック>の2種がある。

 マイケル・ジャクソンは書いている。

 「トーモア蒸溜所は建築上、全モルト蒸溜所のなかで最もエレガントだ。装飾的な渦巻き状の池と噴水、素朴な白い建物、装飾的な天井窓、鐘楼、カリヨン時計、手入れの行き届いた庭園、そして背景をなすモミの密生した広大な丘陵……湯治場にしてもいいくらいの場所である。だが実際には、代わりに“いのちの水”ウスケボーを世に送り出している」

 美術品とも見紛うこの建物は、英国の有名な建築家にしてロイヤル・アカデミーの校長を務めた故アルバート・リチャードソン Albert Richardson 卿の設計によるものだ。トーモアは1958年、20世紀に入ってからハイランドに開設された最初のモルト蒸溜所だ。仕込み水は、敷地内のヒースの湿原に湧き、花崗岩質の丘陵を流れてスペイ川に合流するアクヴォッキー・バーン the Achvochkie Burn という清流からとっている。

 <トーモア>は、スペイサイド独特の繊細さと個性を与えるため、森に抱かれた貯蔵庫で10年間、熟成された逸品だ。ほのかな甘みと、たぐいまれなまろやかさをもち、ナッツの香りのモルトとして絶賛を浴びている。

 1826年創立のザ・グレンドロナック蒸溜所は、周囲の森に住むミヤマガラスの集団に見守られながら立っている。カラスがとどまる限り、この蒸溜所は幸運に恵まれるとの言い伝えがある。ラフロイグと同様、ここでも数少ない現役のフロアモルティングが見られる。9月から翌年の6月にかけて、蒸溜所の高いパゴダ状の屋根に、ピートの煙がむくむくと輪のようにかぶさり、森とした虚空に樽職人が鉄のフープを鍛える音がこだまする。

 ザ・グレンドロナック蒸溜所は、ジェームズ・アラーデス James Allardes がライセンス取得時に第5代ゴードン公を案内したときから、ほとんど何も変わっていない。公はこの蒸溜所がいたく気に入り、ここの経営者もたちまち、洗練されたロンドン社交界に迎えられた。

 古めかしい発芽床、伝統的な木製のウォッシュ・バック、そして石炭で燃やすスチルなど、ザ・グレンドロナックはウイスキーづくりの生きた博物館と言える。ここのモルトはシェリー樽とオーク樽とで熟成される。シェリー樽由来の風味豊かで香り高い味わいと年月を経たオーク樽のエレガントで辛口の味わいが、完璧な組み合わせをつくりだす。

 その結果生まれるバランスは、舌ざわりが軽くピート香があり、馥郁たるシェリーの甘み、オーク香とスモーキーフレーバーのバランスも絶妙だ。フィニッシュは長く、エレガントで驚くほど辛口である。

ハイランド南部

 赤砂岩の町並みの小さな町、ブレキン Brechin でつくられる<グレンカダム>は、ほぼブレンディング用にのみ使われている。デカンタ入りの限定版<グレンカダム25年>は、今やコレクター向けの貴重品で2000ポンドもする。

 蒸溜所が完璧な仕込みの水を得るのに長い年月を費やしたという話は枚挙に暇がないが、グレンカダムほど徹底して水にこだわった蒸溜所も少ない。小さな石造りのこの蒸溜所は地元の水源には目もくれず、なんと15マイル(約24キロ)も離れたリー Lee 湖から、専用パイプで水を引いて、使っている。この水道事業は地元の自治体が経営し、送水パイプの維持管理も行っている。

 「リー湖はエスク Esk 渓谷の最上流にあるからね。その水は本当にピュアで、やわらかくて……極上の名水だよ」と所長のカルコット・ハーパー Calcott Harper は言う。

 「とても美しい水なんだ。これを瓶詰めして売る許可がもらえればなあと思っているよ」

 まろやかでフルーティーな香りのモルト<グレンカダム>の性格はほとんどリキュールに近く、スコットランド内で上向きに蒸溜される2つのウイスキーのうちのひとつと言われる。たいていのスチルは、蒸気を素早くコンデンサーに送り込むため、ネックの先端にあるライン・アームが水平か下向きのどちらかである。

 「グレンカダム蒸溜所の場合、スピリット・スチル、ウォッシュ・スチルのいずれも、ライン・アームが15度の角度で上を向いている」とカルコットは言う。

 「うちのスチルはネックがごく細い、白鳥の首のようになっている。その昔、誰かがフーゼル・アルコールのような“比重の重い”不純物がライン・アームから入り込んで、ウイスキーを変質させることに気づいたらしい。彼らはこの問題を、アームを上向きにすることで解決した。そこで<グレンカダム>は、上向きでつくられる数少ないウイスキーのひとつになったわけさ」

 グレンカダム蒸溜所は、先ローマ時代にさかのぼる古代都市ブレキンの中心部にある。1838年、この蒸溜所が建てられて13年目の年、町には2つの醸造所と2つの蒸溜所ができ、優れたエールや蒸溜酒を生産するようになり、やがて周囲に38もの認可蒸溜所が出現した。これこそ、このモルトの誇り高き血統を雄弁に物語る事実だ。

オークニー

 <バランタイン17年>のモルト原酒の産地でも最北に位置するスキャパ蒸溜所は、ブリテン本島の北、オークニー島にある。1885年、荒涼とした、寒風吹きすさぶ島の中心地カークウォールの近く、海を見下ろす岬の上に建てられた。スキャパの冷たい海は、第1次世界大戦の大海戦を思い出させる。軍艦の残骸は今も海の底に放置され、世界中のダイバーが集まってくる。

 「<スキャパ>は非常に優れた個性的なモルトだ。ボディーは絹のようになめらか、かつまろやかで、パレートは、最初はスパイシーだが、そのあと甘い木の香の混じった香草のような味がする」と蒸溜所の所長、ロナルド・マクドナルド Ronald McDonaldは説明する。

 この特徴あるフレーバーは、ひとつには1キロ先の天然の泉から蒸溜所へと流れ込む仕込み用の水、オークニー・ウォーターが、硬水であるためかもしれない。

 「うちで使っている水は、すごく純粋でやわらかな味わいがあるが、後味にモルトウイスキーには珍しいカルシウム分がはっきりと感じ取れる」とロナルドは説明する。

 「とてもおいしいので、私はときどき容器を持って水源まで歩いて行って水をくみ、家で紅茶をいれる。最高だよ。水はウイスキーづくりにとって重要な要素だし、現代人が飲まされている塩素臭い水に比べて、飲料水としても素晴らしいものなんだ」

 <スキャパ>に影響を与えているもうひとつの要素は、ローモンド・スチルである。

 「ローモンド・スチルはもともと、ポットスチルにはないさまざまな特徴をスチル内部に与えようと、プレートや冷却用パイプを挿入することを意図してつくられたものだ。うちで使っているローモンド・スチルには、そういう付属物は一切ついていない。むしろ、ポットスチルとコフィー・スチルの中間と言ったほうがいいが、それほど複雑でも高度でもない」

 その奇妙な形が、できあがったモルトに影響を与えているのだろう。

 ロナルドは、最後に「<スキャパ>はなめらかで、はっきりした味わいの、甘口モルトだ」と言って笑った。

 以上のような高級モルトを生み出す名蒸溜所の大半はバランタイン社の傘下に入っているが、その他にもスコットランドには現在、100を超えるシングルモルトの蒸溜所があり、独自の伝統と個性的な味わいをもつ多様なウイスキーを生み出している。

 マスターブレンダー、ロバート・ヒックスは、こうした多数の蒸溜所の最高級モルトの特徴を熟知したうえで、高度に洗練された技術を駆使して、これらを<バランタイン17年>に調和させていくのである。


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