ザ・プロデューサー・シリーズ
大野和士がひらく

〈現代オペラ〉クロニクル
大野セレクションの室内楽
オペラ『リトゥン・オン・スキン』

テーマ作曲家
〈ミカエル・ジャレル〉

第29回
芥川也寸志サントリー作曲賞選考演奏会

トップページへ戻る
写真:大野和士/ジョージ・ベンジャミン

本年は、新国立劇場オペラ芸術監督であり、東京都交響楽団ならびにバルセロナ交響楽団音楽監督を務めている大野和士がプロデューサーとして、ベンジャミンの話題のオペラを自ら指揮・演出し、上演します。ヨーロッパにおけるクラシック音楽界の"旬"を知り尽くしている大野和士による、今回のプロデュースは、まさに"いま"聴いていただきたい公演です。

ザ・プロデューサー・シリーズ 大野和士がひらく ジョージ・ベンジャミン オペラ『リトゥン・オン・スキン』

ジョージ・ベンジャミン
オペラ『リトゥン・オン・スキン』

8/28(水) 8/29(木) 
19:00開演(18:20開場)大ホール

  • ジョージ・ベンジャミン(1960〜 ):オペラ『リトゥン・オン・スキン』(2009〜12)日本初演※セミ・ステージ形式
  • 指揮:大野和士
  • 東京都交響楽団
  • 台本:マーティン・クリンプ
  • 舞台総合美術:針生 康
  • 英語上演、日本語字幕付
プロテクター
アンドルー・シュレーダー(バリトン)
妻・アニエス
スザンヌ・エルマーク(ソプラノ)
第1の天使/少年
藤木大地(カウンターテナー)
第2の天使/マリア
小林由佳(メゾ・ソプラノ)
第3の天使/ヨハネ
村上公太(テノール)
※出演を予定しておりましたジョン・健・ヌッツォ(テノール)は、都合により変更となりました。この変更に伴うチケット料金の払い戻しはございません。
何卒ご了承くださいますようお願い申し上げます。

■料金

  • 指定 S 6,000円/A 5,000円/B 4,000円/学生 1,000円
  • 大野和士がひらく3公演セット券 7,000円(8/23+8/24+8/28 or 29 S席)限定50セット
サントリーホール・メンバーズ・クラブ先行発売: 5月14日(火)10:00〜5月16日(木)
一般発売: 5月17日(金)10:00〜

※セット券は一般発売日よりサントリーホールチケットセンター(電話・窓口)東京コンサーツ(電話・Web)での取り扱い。

※学生席はサントリーホールチケットセンター(電話・Web・窓口)のみ取り扱い。25歳以下、来場時に学生証要提示、お一人様1枚限り。

大野和士が語る〈現代オペラ〉クロニクル

8/23(金) 
19:00開始(18:30開場)
ブルーローズ(小ホール)

1920年代以降、数多くのオペラ作品が誕生しオペラとしての新たな方向性が示されてきました。
指揮者として第一線で活躍し、多くのオペラ作品を熟知するマエストロ大野が注目する21世紀のオペラ作品のクロニクルを、映像とともに紹介します。
また、ゲストとして『リトゥン・オン・スキン』に出演する歌手が登場。ソリストの立場から作品の魅力を語ります。
司会・進行は、多くの現代作曲家と親交があり、ベンジャミンのことも良く知る岡部真一郎がつとめます。

  • お話:大野和士
  • 司会・進行:岡部真一郎
  • <ゲスト>
  • アンドルー・シュレーダー(バリトン)
  • スザンヌ・エルマーク(ソプラノ)
  • 藤木大地(カウンターテナー)

■料金(聴講料)

  • 自由席 一般 1,000円/学生 500円
  • 大野和士がひらく3公演セット券 7,000円(8/23+8/24+8/28 or 29 S席)限定50セット
サントリーホール・メンバーズ・クラブ先行発売: 5月14日(火)10:00〜5月16日(木)
一般発売: 5月17日(金)10:00〜

※セット券は一般発売日よりサントリーホールチケットセンター(電話・窓口)東京コンサーツ(電話・Web)での取り扱い。

※学生席はサントリーホールチケットセンター(電話・Web・窓口)のみ取り扱い。25歳以下、来場時に学生証要提示、お一人様1枚限り。

ジョージ・ベンジャミン(作曲) インタビュー

大野和士(指揮) インタビュー

藤木大地(カウンターテナー) インタビュー

「MUSIC BIRDウィークエンド・スペシャル」
特別対談
大野和士✕片山杜秀

(2019年8月4日放送)

オペラ『トゥーランドット』と
バルセロナ交響楽団
なぜオペラ?
なぜ『リトゥン・オン・スキン』?
作曲家ジョージ・ベンジャミンについて
『リトゥン・オン・スキン』
(1)ストーリーとテーマ
『リトゥン・オン・スキン』
(2)ストーリーに秘められた第2のテーマ
『リトゥン・オン・スキン』
(3)天使の役割とは?
『リトゥン・オン・スキン』
(4)舞台美術、3人のソリスト

出演:大野和士(指揮)、片山杜秀(政治思想史/音楽評論)

*この音源は2019年8月4日MUSIC BIRDで放送された内容を編集しております。あらかじめご了承ください。
*MUSIC BIRDウィークエンド・スペシャル 「大野セレクションの室内楽」についてはこちら
*衛星デジタル音楽放送「MUSIC BIRD」についてはこちら

『リトゥン・オン・スキン』 あらすじと聴きどころ

あらすじ

プロテクター(裕福な領主)が写本彩飾師の少年を自宅に迎え入れる。彼は一冊の装飾写本の完成をその少年に依頼していたのだ。この仕事は、領主の望むところでは、彼が自らの政治権力を使っておこなった冷酷な仕打ちと、秩序だった家庭生活が彼にもたらす静かな充足それは妻アニエスの謙虚さと子供のような従順さに体現されるとを不朽のものとするはずだった。しかし、写本の制作が妻に反抗のきっかけを与えてしまう。少年を首尾よく誘惑したアニエスは、彼との親密な関係を利用して写本の内容そのものを描き換えさせ、夫に自分の真実の姿を見せつけようとする。これが常軌を逸した最後の挑発行為へと道を開いてしまうのだった。

(マーティン・クリンプ/向井大策 訳)

聴きどころ

今回のサントリーホール サマーフェスティバルでの一番の上演理由として大野和士は、「ベンジャミンのこの素晴らしい作品を、ピットの中では無くステージの上でのオーケストラ演奏で聴いて頂きたい。」と語る。そこに舞台美術家としてヨーロッパで注目を浴びている針生康によるビジュアル的な要素を組み入れた"セミ・ステージ形式"とすることで、よりサントリーホールの特色を生かせると考えている。
そして、こうも語った。
「現代オペラ頂点の作品のひとつ。これを聴かなければ一生損をする。」

美術ノート針生康(舞台総合美術)

舞台イメージ図

今回のオペラで特に意識しているのは、時空を乗り越えるようなイメージの世界を提供することです。このオペラの主な時代背景となる中世フランスの環境や文化、現代の都市が錯綜していく部分が複雑、かつ挑戦しがいのある作品です。また、素晴らしい音楽の多様性は驚きをも感じさせるような音の世界を繰り広げていきます。それらの音の世界を視覚的効果に反映させていくために具象と抽象の映像イメージを対比させながら空間に散りばめていきました。この作品にたずさわる喜びと試行錯誤し、映像では観客のイメージを喚起させながらも、ある程度の具象を含む事で原作のオペラの物語を尊重しました。

サントリーホールのようなホール型オペラでは、舞台として利用できるスペースは限られているためオーケストラの上部に白いデッキを設け演出的空間としました。またデッキの上には現代的な透明感のあるライトハウスを設け列柱空間で構成。デッキの境界部分は錯綜した小枝のようなスティックの格子が巡ります。人工的なこれらの抽象空間と対比し、映像では実際の時代背景のロケ地にて撮影許可を得ました。実存する欧州中世の邸宅や、歴史ある塔など物語の背景を表現しています。またプロヴァンスの季節感や1日の時間軸を光で表現したいと考えました。

一見難しく思える現代オペラですが、イメージと戯れながら演劇的要素を味わえ、物語の世界に自然とのめり込んでいくようなクリエイティヴ・ディレクションを心がけました。

アニエスの強さと儚さ、天使という人智を超えた存在、プロテクターの時代性と傲慢さなど、時空を超えた多様な人間模様と総合芸術としてのオペラを、素晴らしいサントリーホールの音響空間にてお楽しみください。

『リトゥン・オン・スキン』 本番への構想を語る針生康/大野和士

サントリーホールの空間を活かした独自のプロダクションをつくりあげるために、マエストロ・大野和士が起用したのは、新進気鋭の舞台美術家・針生康(はりう しずか)さん。活動拠点をヨーロッパに置くお二人が、サントリーホール大ホールを訪れて、互いに温めてきた構想を現場で再確認しました。作品への思い、日本初演に向けての意気込みを伺います。

舞台芸術家・針生康の挑戦

もともと建築専攻で、舞台美術を学ぶためにロンドンへ渡り、ベルギーのオペラ劇場でアシスタント経験を積んだ後、コンテンポラリー・ダンスや演劇など、すでに多くの舞台空間をデザインしてきた針生さん。2017年にイギリスで手掛けた演劇舞台は、この4年間に全英で上演された舞台のベストデザイン12に選ばれ、今年の世界舞台美術博覧会に出展されるなど、活躍目覚ましいセノグラファー(舞台美術家)です。

大きなオペラ作品を手掛けるのは、今回が初めてです。いつかオペラをやりたいと思っていましたし、大野先生とお仕事をするのも初めてで、本当に嬉しいです。そして、サントリーホールは誰もが知っている名建築。この豊かな空間の中で舞台を組み立てるには、既存の建築のどこを消して、どこを活かしたほうがいいのかを、まず考えました。舞台機構ではなくコンサートホールの誂えで、客席がステージを360度囲むヴィンヤード形式。今回P席に観客は入りませんが、普通の劇場は180度以内の視角ですから、今まででいちばん難しいかもしれません(笑)。挑戦しがいがあります。

演劇やダンスの舞台と、オペラの舞台では、空間づくりになにか大きな違いがあると感じられますか?

オペラは比較的制作期間が長く、脚本も先に頂いているので、何回も考え直し試行錯誤をする時間がありました。ダンスの舞台は、ダンサーのひとつひとつの動きと舞台セットが密接なのに、最終の振付が確定しないうちにデザインをあげなければいけないことが多いのです。オペラももちろん、歌手(役者)の動きが重要ですが、大野先生の頭の中には早い段階から、どこで誰がどういう風に動くか、どこで歌うか、そして場面ごとの色のイメージなども浮かんでいらっしゃったので、そのアイディアを始めから頭に入れて考えることができました。

オーケストラも舞台上で演奏し、その周りで歌手(役者)が演じるセミ・ステージ形式という、サントリーホールならではの舞台です。

大野先生も近くで舞台デザインを見ながら指揮されるわけですから、その視線も意識してつくりたいと思います。
私はいつもデザインをするときに、絵を描くのではなく立体で考えるんです。模型をたくさんつくります。そして舞台は、なるべく本物の素材を使います。そのほうがお客様にもリアルに伝わるし、近くで演じる人もエキサイトして楽しんでもらえるので。
しかし今回は、舞台装置は機能的なものだけで、ほとんどつくりません。映像の中だけで表現していきます。これは、自分にとって大きなチャレンジです。かなり大きなスクリーン(高さ3m60㎝、幅約6m)に映像が映し出されますから、角度を気にせずにたくさんのお客さんが安心して見られるように、モニターについては充分検討したいと思います。照明も、暗さと明るさのコントラストをつけてドラマティックに変化させ、場面展開を追いかけます。
お客様にとっては、役者の動きとともに、オーケストラの演奏や大野先生の指揮を見るのも、とても見応えがあると思います。

ハイブリッドな音楽世界を映像に

『リトゥン・オン・スキン』のストーリー、ジョージ・ベンジャミンの音楽から、どのようなイメージを浮かべられていますか?

今、映像をつくるために、ジョージ・ベンジャミンの音楽を繰り返し聴いているのですが、そのたびに違う感じに聴こえたり、聴こえなかった音が聴こえてきたり、とても面白いのです。細かい襞のような感情を、さまざまな楽器を駆使して作曲されていて、多様な表現に富んでいます。古典的に聴こえるところもあれば、現代的なレイヤー(音の重なり)に聴こえるところもあり、非常に東洋的な音に聴こえる部分もある。エキゾチックというか、多国籍でハイブリッドな文化を持つイギリスの作曲家らしい。そういうところを、うまくお客さんに味わっていただければいいなと思います。
原作も脚本もすごく面白い。フランスに古くからある昔話をもとに、イギリス人の劇作家マーティン・クリンプが書き直し、とてもシンプルでわかりやすいストーリーになっています。人間の弱さと強さ、愛、嫉妬、残虐性...そういったものが絡み合っています。そして、女性の強さや儚さが、とても繊細に描かれています。主役のアグネスが後半どんどん強くなっていく。結末は...私にはちょっと驚きでしたが。さらに、天使たちが重要な役ですが、もともと天使というのは神の言葉を届けるメッセンジャー。そのメッセンジャーの役割が、現代的に捉えられています。
舞台は中世、13世紀頃のプロヴァンス地方ですが、ストーリーの最初と最後は現代の設定です。中世と現代が交差するのです。そういった時空の行き来も、映像を使うことによって、うまく見せられるのではないかと思います。
現代の私たちは、何を信じてどういう風に生きていけばよいのかというのが、このオペラのひとつのテーマだと思います。

どのような映像になりそうですか?

人間ドラマの上に、たぶん原作者はサイエンス・フィクションが好きなのではないかと思うのですが、現代にいる私たちにとってはとても入りやすい親しみやすい表現、つまり中世にはないものがいろいろと出てきます。黒い長方形のドアとか、アルミニウムとクロームが地球に押し寄せてくるというような表現。そこをうまく視覚化したい。ショッピングモールや空港も登場します。日本のお客様に、お話の舞台であるプロヴァンス地方のロケーションを、どう見ていただくか。どういう中世の空間で撮影し、現代のシーンはどこで撮影するか。コントラストをつけて、きれいで美しいだけでなく、見たことのないヨーロッパ、空虚な空間、ドライなヨーロッパの光景も見ていただけたらなと思います。
何回読んでも面白いお話ですし、音楽も何度も聴きたくなる。ですからきっと、2回も3回も観たくなるオペラになると思います。

オペラは壮大なコラボレーション

現代感覚の若いお客様にもたくさん見ていただきたいですね。

本当に、そう思います。
いつも、自分たちが一生懸命やっている舞台を、どのぐらいいろんなお客さんに見てもらえるのかなって考えています。劇場やホールという場所が身近であってほしい。サントリーホール前のカラヤン広場の雰囲気もそうですが、いろいろな人が交差する、様々な目的の人が集う空間であることはとても大事だと思います。
また別の角度で、今回のプロダクションもそうですが、私たちが制作に入る前にすでに長い準備期間があって、プロデューサーやマネージングの方々が多大な努力をされて、力を注いでいらっしゃる。その方々たちの思いも、ものすごく大事だと思っています。そして、テクニックの方。舞台は、それぞれの分野で様々な技術を更新し続けていかなければできないもの。古い技術も、新しい技術も。こういうことをやってみたいというのを制作側と技術者が一緒になって考えながら探っていく。コンピュータを駆使して、ダンサーの動きをデザインに置き換えるという舞台をつくったこともあります。私の手がける舞台には、常に新しい技術を取り入れたいと思っています。
オペラというのは、たくさんの力のあるクリエイターが集まって、技術者が集まって、何十人もの人々が関わって舞台をつくりあげていく、非常に大きなコラボレーションなのだと感じます。

大野マエストロとのコラボレーションは、いかがですか?

大野先生と初めてお会いしたのは、ベルギーのモネ劇場でした。憧れの舞台美術家、ヤン・バースウェイベルドのアシスタントについている時、大野先生がモネ劇場で初めて振られるオペラのプロダクションを手掛けたのです。もちろんアシスタントとしてですから、先生が覚えていらっしゃるかどうかはわかりませんが。私はその時初めてオペラの現場というのを体験し、しかも非常に大掛かりなコラボレーションで、一流のクリエイターたちが集まっていて、「これがオペラなんだ」と感動しました。
その後、イギリスやベルギーを拠点に様々な舞台をつくり、日本でも新国立劇場でバレエの舞台を手掛けたこともあり、大野先生はそれらを見ていてくださったのかもしれません。
今回『リトゥン・オン・スキン』でご一緒させていただけるのは、本当に光栄で、嬉しいです。演出家を立てていないので、衣装や照明も含めた視覚的効果のすべてを大野先生と相談しながら考えていきます。積極的に提案してディスカッションさせていただき、いい作品にしたいと思います。

マエストロ・大野和士の挑戦

昨シーズンより新国立劇場オペラ芸術監督に就任、新作も含め多くのオペラを日本で上演してきた大野マエストロ。今回、待望の作品の日本初演をサントリーホールで上演される理由は?

新国立劇場では、私の任期中に、スタンダードな作品も含めてオペラのレパートリーを拡充しようとしていまして、今、その過程です。20世紀の作品もまだまだこれから積み上げていかなければいけないものがたくさんあります。一方で、世界では21世紀の新作もどんどん発表されている。この『リトゥン・オン・スキン』も初演からすでに7年が経っていて、すでに色々な国々で大成功をおさめています。ですから、近年稀な、21世紀最高のこのオペラ作品を、できるだけ早く日本の聴衆に体験していただくには、「サントリーホール サマーフェスティバル」がいちばんふさわしいだろうと思ったのです。
オーケストラが、ピットの中ではなく、舞台の上に上がるというのも、非常に大きな魅力のひとつです。ドラマのうえで必然性を持って書かれたオーケストレーションの細かな描写というのがよく耳に届くし、それが見えるのです。
そして、針生さんの示唆に富んだ様々なイメージを喚起してくれる写真やビデオを使った舞台美術があり、衣装のアレンジもあります。
コンサート形式をなんとなく映像が補助しているというような限定された関係ではなく、非常にヴィジュアルがものを言う舞台なのです。サントリーホールで、ホール・オペラ®の時代からの“演じられる空間としてのサントリーホールの魅力”を、このプロダクションでは披露したいと思います。

美しくも残酷な人間ドラマ

オーケストラの周辺で、ドラマが繰り広げられるのですね。

舞台手前のスペースのほかに、2階P席最前列と同じ高さにアクティングスペースを設けます。
主役の歌い手3人(プロテクター、妻アグネス、少年)が舞台手前で心理劇を語り、あるときは舞台の後ろのほうで、最終的に起こるゾクゾクするような場面を歌います。
そして5人の「天使」というのが出てきますが、彼らはナレーターでもあり、ヘヴンと結びついた天使という虚像でもあり、一方では非常に世俗的なことに興味を持つコーラス部隊であり、複雑な役割を果たさなければいけない。彼らには後方で歌ってもらいます。5人の中のひとりのボーイ(少年)が地に降りてきて、つまり堕天使の象徴、世俗のなかのドロドロのドラマのなかに引き込まれます。ですから少年は、後ろから舞台手前に出て来たり、また後ろに帰って行ったり。プロテクターの妹の旦那が横やりをいれにくるんだけれど、そういうのも出て来たり、帰っていってまた天使になったり。そういうふうに、周辺のアスペクトと、主体となるアスペクトを分離してやるという手法は、オペラを見て、理解して楽しむための手助けになると思います。
最終的な最大の見せ場であるところのグロテスクな場面では、アグネスという女性が一人で舞台奥に向かう。そこは彼女の十字架の場所、いわば火刑台なのです。三角関係ですから、激しい嫉妬があり、暴力あり、そして最終的にはなんとも言えない...今は具体的な内容は言わないでおきますが(笑)、それは暗喩的なシーンではあるのですが、最後には恋人と完全に一体となる。永遠になるのです。そしてそれが一年の間の夢であったというような、なんとなく昇華した形で終るのです。言ってみれば、21世紀の「トリスタンとイゾルデ」。ベンジャミン自身も、そういう風に語っています。美しくも残酷なオペラなんです。

美しさと残酷さが、映像でも表現されるのですね?

お話の季節は1年間。だいたい4つの季節それぞれにドラマが発展していきます。春の芽生えの時期。そして、夏はあまり強調されてはいませんが、それはある意味ではヨーロッパ的です。ヨーロッパでは春と夏はあまり差をつけて考えないので、3つの季節が強調される。秋、冬はものすごい意味があります。芽生えの時期、落ち葉の季節、凍結してしまう冬...そういうふうにドラマもエスカレートしていきます。

ジョージ・ベンジャミンのイマジネーション

今まで世界各国で行われてきた『リトゥン・オン・スキン』ですが、日本初演に際し、ベンジャミンとお話されているそうですね。

はい。ベンジャミンから直筆の手紙をいただきました。彼はメールなど一切やらない人なので、手書きの手紙を。あなたにすべて任せます、なにか質問があったらいつでもどうぞと。彼は私がこのオペラをずっと上演したがっていることを知っていてくれましたし、昔からよく知っている間柄なのです。ベンジャミンは、非世俗化しているというか、貴族的な人です。どういうことかと言いますと、時間に縛られず、いろいろな意味で労働に勤しまない生活からくるところのイマジネーションの壮大さがあるのです。そういうなかで、天国的なこと、それとは真反対の殺伐とした救われようのない状況のこと、あるいは人間道徳に反するようなことでさえも、一挙に想像の翼を広げていく。すさまじい想像力のなかで、自分の美意識が捉えるところを余すところなく掬ってくる。そういう彼の特長が、このオペラの中には開花しています。テーマは、人間の情け容赦ない深い情念。
ロンドンで彼に会って、いろいろ秘密を伺ってきましたので、それをもとに落としこんで、この作品が十全に開花するように努力したいと思っています。

私たちの時代のオペラ

オペラというと「敷居が高そう」とか、現代音楽というと「難しそう」とか、少し距離を感じてしまう方もいるようですが。

恐れるに足りません。なぜなら、現代オペラは、作曲家が私たちと同じ時代を生きて作曲しているわけです。どうしてこういう題材を選んだのかと聞くこともできるし、自分たちの時代に訴える作品を書いているわけですから、当然私たちとの共通点も作品の中に多く、アクセスしやすいのです。
ブラームス、ベートーヴェン、シューベルト、ドビュッシー...こういう人たちの作品というのは、我々指揮者も演奏家も、曲が書かれた時代背景や時代の精神性を、肯定的に一生懸命勉強して自分のなかに植え付けなければいけない。
ベンジャミンは私たちの生きている時代の人なので、令和とは言えないかもしれないけれど(笑)少なくとも平成に生きた私たちの時代を反映しているオペラなわけです。
そういう意味でも、聴衆の皆さんも難しく考えることなく、気軽に来て観ていただけると思います。

現代の感覚で、むしろ若い世代や、まだオペラを体験されたことがないという方々にぜひ観に来ていただきたい作品ですね。

とくにこの舞台は、いつものクラシックファンよりも、より幅広い層の聴衆に呼びかけたいと思います。どういう年代の方が見てもとても刺激的で、しかも、今回の美術はとっておきに美しいので。
美しい、現代の『トリスタンとイゾルデ』が見られます! ぜひいらしてください。

*サントリーホール情報誌 『Hibiki Vol.8』 特集
「オペラでドラマティックな時間を」についてはこちら

藤木大地(カウンターテナー)
インタビュー
取材・文:岸純信(オペラ研究家)

「喉にヘルシーな書かれ方」 ベンジャミンの音楽は、声楽的には非常に理に叶っています

hiromasa藤木大地

声楽界の最前線をひた走り、海外での活躍も非常に多い藤木大地。テノールとしてオペラにデビューし早16年、カウンターテナーに転向して8年目を迎えたが、堂々たるキャリアの持ち主なのに、眼差しも口調も少年っぽさを帯びたまま。良い意味で世間ずれせず、純な感覚を持ち続けている。その藤木が、8月に挑むオペラ『リトゥン・オン・スキン』の役柄が、「第1の天使/少年 」といったもの。ピュアな心を二枚重ねで映すかのような「汚れなきキャラクター」としか思えないが、しかし、話はそう簡単には進まなかった!

これまで現代オペラに出る機会をたくさん頂いてきました。ただ、僕自身は現代オペラ、現代音楽という呼び方を好みません。モーツァルトもプッチーニも、書いていた曲はすべて「当時の現代音楽」であった筈です。だから、自分としては「生きている作曲家たち Living Composers」の音楽を歌うと考えています。現代オペラと銘打つと、大体ネガティヴなイメージを持たれてしまう。ハードルが高い、売れない、聴きにくいって(笑)。でも、この『リトゥン・オン・スキン』の音楽は、指揮者の大野和士さんが仰るように「現代オペラの頂点の作品の一つ」だと思います。2012年の初演以来、世界中で上演が続いています。物語は13世紀のものなのですが。

台本作者マーティン・クリンプによると、原作は南仏のプロヴァンス語によるストーリー。絵の才能を認められた少年が、裕福な領主(プロテクター)と彼に服従する妻のもとに写本彩色師として招かれるが、少年の存在が妻の内なる反抗心を焚きつけた結果、夫が少年を殺害するという暴挙に出る...作曲家ジョージ・ベンジャミンの音作りには繊細で静的な響きが多いのに、ドラマには、800年も前のものとは思えないぐらい、獣的で野蛮な要素が混じっている。

一筋縄でいかないです(笑)。僕が演じる二役は、実は別個の人物ではなくて、水面下で繋がっています。短く纏めると、天使が少年になって、最終的に殺されてまた天使になるという中世の物語をオペラ化しているのですが、まず天使については、普通に想像する神の良き使いではなく、人間界をただ俯瞰する、世の中を縁取るようなキャラクターです。女性が飛び降りるさまも平然と眺めます。続いて少年ですが、シノプシスには「天使の一人が少年に変わる」と記されているので、劇中で少年が何か言う時には、そこに天使の感覚が少し混じるのだろうと解釈しています。だから、英語の歌詞も特徴的です。少年の発言の末尾に、しばしば、〈says the Boy. と少年が言う〉といった、第三者の立場にたつ言葉がいきなり足されるんです。

それは...演ずる側も不思議な感覚に陥らないか?ボーイ(少年)が何か語っても、その途端に「と、少年は言った」と自分でナレーションのように続けてゆくのだから。

やはり、どのシーンでも、一人の人物の中に少年と天使が混在しているんでしょうね。一方で、テキストを読むと、少年自身にも、若すぎてまだ分からないことが多いのかもしれないなと感じます。彼はプロテクターの妻アニエスと体の関係を持ちますが、別の場面ではプロテクターにも迫る。少年は多分、まだ内面的にも成熟していない面があるのかもしれないですね。ドラマの初め、彼が女性の絵を描くときなど、アニエスから「本当の女の身体を描いて」と告げられます。だから、その時点ではたぶん、女性の裸をまだ見たことがないんでしょう。

この少年を誘惑するアニエスは、妻の自分を「所有物(Property)」と呼んで憚らない夫である領主(プロテクター)に反発すべく、少年を利用しようとする。それに気づいたプロテクターは少年を殺害してから、妻に最も酷いやり方で報復を図る。少年は天使に戻り、アニエスが飛び降りる様を眺めたうえで...

ドラマの野蛮な面を、今回は視覚的にどんな風に組み立てるのかな?殺して心臓を取り出して...セミ・ステージ形式上演なのでリハーサルが興味津々です...ところで、ベンジャミンの音楽は、声楽的には非常に理に叶っていて、「喉にヘルシーな書かれ方」をしています。カウンターテナーは高音も大変ですが、低音域がそれ以上に大変です。1950年代に歌唱法が復活して以来、作曲家が意図してカウンターテナーの声に役柄を与えるようになり、僕も、ブリテンに加えてライマンの『リア』や『メデア』、アデスの『テンペスト』など歌ってきました。中でも『リア』のエドガーのパートが本当に低くてしんどかったのですが、それに比べると、ベンジャミンの『リトゥン・オン・スキン』はたいして低くない。どうにでもなる!(笑)。だから大丈夫。声に即していますよ!

ここで藤木が、「どうにでもなる!」と言った瞬間、彼の両眼に、本物の悪戯っ子のような強烈な光が宿ったから面白い。それは「任せておいてくれ」といったスタンスよりも、もっと強い意志を帯びたもの。そこで、藤木自身を少し探らせて貰うべく、「子供の頃はガキ大将タイプでしたか?例えば『ドラえもん』で同級生を引っ張りまわすジャイアンのような?」と訊ねてみた。

そんな!僕がリサイタルを開いたのは大人になってから。ジャイアンみたいにのび太の前で延々歌い続けたりはしてないです(笑)。『リトゥン・オン・スキン』でも、最も傲慢で人々を引きずり回すのはプロテクターであって少年ではないし。ただ、思い出すと、自分は、学級委員とか生徒会長とか、率先して引き受ける方でした。

ほら、やはりそう。藤木大地には、人の心を自然にいざなうエネルギーがある。言い換えるなら、「主張すべき自分」が強く存在するのだろう。

高校一年生まではマスコミの世界に進みたかったんです。学校の壁新聞などにエッセイを書き、テレビで知的にものを言う逸見政孝さんや筑紫哲也さんに憧れていました。でも、歌も好きで、合唱団に居た経験から、まずは声楽をきちんと習ってみようと。それで音大入試の準備を始めたところ、数か月後に県の独唱コンクールで優勝し、一気にそちらに進むことになりましたが...まあ、本当に正直に言えばポップシンガーになりたかった。B’z、GLAY、Mr.Childrenなどを聴きまくってました。でも、それを表に出そうものなら「チャラい」って言われちゃうじゃないですか。しかし、声楽をやりますと言えばそれは避けられる(笑)。当時はそんな風に考えていました。

華やかなステージで人前に立つことも自然にサラリとこなしつつ、作品を解釈したい、掘り下げたいと感じるアーティスト魂。藤木大地の中には、二つの対照的な欲求が、不思議なバランスのもとに共存する。

自分としては、なるべくフレキシブルで居たいなと。それだけですね。いろんなことを制限するとストレスになりますし、飲食で発散したい気持ちもあるので酒も飲み、アイスクリームも食べます。自炊も時々します。カルボナーラを作ったり...一番の好物はお米。納豆ご飯は毎日食べたいですね。ウィーンのアジア系食品店だと凍った納豆が3パックで6ユーロ近くしますが日本だと98円。天国かと思いますよ(笑)。

では最後に、改めて『リトゥン・オン・スキン』に出演することへの抱負を伺おう。

指揮者の大野和士さんとは、一つの作品を通しでご一緒するのは初めてです。だからすごく楽しみ。選んでいただいて本当に嬉しいです。そしてこのオペラの日本初演となるサマーフェスティバルは学生席1,000円なんです。ラーメン1杯我慢しても来て欲しいです!来ないともったいない(笑)。日本初演なんだから!自分は、現役の作曲家のインスピレーションを刺激し、役を書いて貰えるような歌手になりたいので、作曲家志望の皆さんにも、僕の存在からインスピレーションを感じて貰えたら嬉しいですし、今回は2公演ありますから、いろんな世代の方にご覧頂ければと願っています。