室内楽アカデミーの「春夏秋冬」
――アミクス弦楽四重奏団 インタビュー
平成の時代から令和の時代へ移って初めてのチェンバーミュージック・ガーデンが開催された。サントリーホール室内楽アカデミーも第5期を迎えたが、そのフェローたちにとってもチェンバーミュージック・ガーデンのなかでの「ENJOY! 室内楽アカデミー・フェロー演奏会」は第1年目の大事な成果発表の場となった。
第5期の室内楽アカデミーを取材し始めて私が感じていたことは「室内楽、特にクァルテットにとっての時間」ということだった。
もちろん室内楽アカデミーに参加しているフェローたちはみんな若い世代であるが、若いと言っても、個人それぞれにこれまで過ごして来たバックグランドが違うし、団体としても、その結成の経緯からこれまでのグループとして共有して来た時間にも差があることは間違いない。そして、それが現時点でどんな風に表現されているか、その違いがとても興味深かった。第5期は個人参加のフェローがおらず、すべてが団体としての参加となったので、よりじっくりとそれぞれの団体の個性、その違いに関心を向けることが出来た。まず感じたことは、第1ヴァイオリンの個性の違いによって、クァルテットは大きな違いを持つのだなということだった。それはクァルテットを実際に組んでいる方々にとっては当然の認識なのだろうが、聴く側に回ってみると、その個性の発揮され方の違いがとても面白く感じられた。
そして同時に脳裏に浮かんだのは、この若いクァルテットをまとめて表現する場合に、どんな風に表現したら良いのだろうかという素朴な疑問だった。そこでふと浮かんだのが「春夏秋冬」という言葉だった。1年の季節の変化を表わす言葉だけれど、中国の陰陽五行説では「春夏秋冬」は方角と色彩とに結びつけられている。その説に従えば、やはり始まりの季節であり、方角としては日の出の東にあたる「春」であり、つまり色彩のイメージを加えた「青春」だろう、と。その想いをさらに強めたのは、この第5期のアカデミーの期間中にフランスのヴォーチェ弦楽四重奏団、ドイツのクス・クァルテットという2つの団体のマスタークラスが開催され、それを見学することが出来たことだ。ヨーロッパの第一線で活躍するこの両グループは春夏秋冬にあてはめて考えてみれば「朱夏」。彼らはまさに自分たちの持つ音楽的なエネルギーの最盛期にあり、それを隠さずストレートにぶつけてくる感覚がある。そのエネルギーがマスタークラスでの発言でも感じられた。室内楽の中での時間の変遷、その経験によってもたらされる変化を意識させられたこの1年であった。
ほぼ毎月行われる室内楽アカデミーのファカルティを中心としたワークショップでは、さらに長く深い経験を持つファカルティの言葉が「青春」の真ん中にいる演奏家たちを勇気づける。そこでは音楽という大きな流れの中で受け継がれて来た様々な知見が、世代を超えて受け継がれて行くのを目の当たりにする。年号が替わり、時代が変わっても、そこに流れて行くもの。それを感じ取り、活かして行くのは若い世代の仕事となる。第5期のフェローに望むのは、2年目のシーズンにはより大きな花を咲かせて、青春を謳歌してほしいということだ。
第4期から団体として室内楽アカデミーに参加しているアミクス弦楽四重奏団のメンバーにも話を聞くことが出来たので、以下にまとめてみたい。アミクス弦楽四重奏団は、室内楽アカデミーの第3期に個人参加していた宮本有里(第2ヴァイオリン)と松本亜優(チェロ)が第4期に参加するにあたり宮川奈々(第1ヴァイオリン)などを誘って結成された団体で、第4期途中でヴィオラのメンバーが留学したために、現在の山本周に交代した。結成されてまだ3年ほどの団体である。
「第4期と第5期の室内楽アカデミーの違いは、やはりクァルテットの数が多くなったということだと思います。そして新たに参加したタレイア・クァルテットもクァルテット・インテグラもそれぞれ5年ほどのキャリアを持っている団体ですし、僕たちよりも経験を持っているということで刺激を受けています。またより若い世代であるチェルカトーレ弦楽四重奏団はひとりひとりの実力があり、またクァルテット・ポワリエも素晴らしい力を持ったグループです。そうした違った団体を聴けるのは本当に刺激的なことです」と山本。
NHK交響楽団の第1ヴァイオリン奏者として活動している宮川は、「オーケストラではトゥッティで周りと合わせることを意識していますが、クァルテットのファースト・ヴァイオリンでは自分から仕掛けて行く、音楽作りを提案することも必要になります。その責任感が必要ですし、自分の殻を破らないと、と思います。弾き分けというか、自分の立ち位置をもっと意識して演奏しなければといつも思いますが、なかなか難しいところですね」とオーケストラとクァルテットの違いを語る。ファカルティからの指摘で参考になる点は、と尋ねた。
「練木繁夫先生の、ピアノの視点から弦楽四重奏を解きほぐす、特に和声の観点からの指摘は、これまでとは違った切り口で新鮮で、とても参考になります」と宮川。
それに続けて山本は「毛利伯郎先生はずっとオーケストラでも弾いていらしたのでクァルテット奏者とは違った視点を持っていらっしゃると思いました。楽譜を読むことに情熱を持って取り組んでいらっしゃる方で、その意見はとても貴重なものです。磯村和英先生は音楽の方向性について、原田幸一郎先生は技術的な点について詳しく教えて下さいます」
松本は「池田菊衛先生は身体の動きや呼吸のことをよく指摘されますが、クァルテットをよく教えていらっしゃるので実践的とも言えますね」と語る。
そしてもうひとつ大事なことは花田和加子先生による<アウトリーチ>のワークショップだと言う。
「富山での合宿の時にそのワークショップがあったのですが、アウトリーチの実際のトークの進め方、プログラムの組み方などがとても役立ちました」と山本。実際に室内楽アカデミーのフェローたちは、学ぶだけでなく、各地でのアウトリーチ活動にも積極的に参加している。音楽を表現する上で、多くの人の前で演奏するということ、コミュニケーションを取ると言うことは大事な要素であり、それぞれの演奏家にとって成長を促すイベントでもある。これはこの室内楽アカデミーのユニークなところだろう。
第5期も2年目に入る。オーケストラの活動など、それぞれが多忙な4人なのだが、2年目の課題としては4人で演奏する機会を増やすこと、それに音楽的に同じ方向を見据えつつ、それぞれの個性を活かすことが出来るような音楽の作り方を探して行きたいと語る。「自分の殻を破ること」と最後に呟いてくれたのが印象的だった。