室内楽アカデミー生が研鑽の成果を披露
――世界トップクラスのアンサンブルが集う「チェンバーミュージック・ガーデン」
サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン(CMG)が6月1日から16日まで開催された。今年で9回目となるCMGは、クス・クァルテットやアンサンブル・ラロなど、世界のトップクラスのアンサンブルが集う室内楽の祭典であると同時に、サントリーホール室内楽アカデミー(CMA)のフェロー(受講生)たちが日頃の研鑽の成果を披露する場でもある。
今年は、CMGのオープニングを飾る「堤剛プロデュース2019」にCMAのフェローたちが参加し、CMAのディレクターである堤剛と共演した。
まず、ヴィヴァルディの「2つのチェロのための協奏曲 ト短調 RV531」が演奏された。独奏は、堤と、CMAフェローのクァルテット・インテグラのチェロ奏者である築地杏里。フェローたちで構成されるCMAアンサンブル(5、4、4、3、1の編成)との共演。堤が第2チェロの築地に発信し、アンサンブルにも合図を送る。堤のチェロが豊かに鳴り、築地がそれに寄り添う。
続いて、指揮者なしで、CMAアンサンブルによるチャイコフスキーの「弦楽のためのセレナード」。コンサートマスター席の内野佑佳子がリードする。若々しく力漲る演奏。個々に積極性があり、第1ヴァイオリンが5人とは思えない、音の厚み。ただし、響きが一つに溶け合っていないところがあり、そういう面では、指揮者がいた方がよかったかもしれないとも思った。
そして最後は、堤の独奏で、ハイドンの「チェロ協奏曲第1番 ハ長調」。堤の昔からのレパートリーだけに、よりくつろいだ表情で弾く。音楽を楽しんでいるかのよう。深々としていてよく鳴るチェロ。とりわけ第2楽章アダージョの温かみのあるカンタービレが印象に残った。カデンツァからの入りに目でオーケストラに合図。室内楽の延長。先輩の現役奏者として、フェローたちに手本を示しているかのような演奏であった。
今年の「ENJOY! 室内楽アカデミー・フェロー演奏会」は、CMA第5期のフェロー7団体が、6月8日と15日の2回に分かれて出演した。
6月8日は、チェルカトーレ弦楽四重奏団(戸澤采紀、関朋岳、中村詩子、牟田口遥香)、アミクス弦楽四重奏団(宮川奈々、宮本有里、山本周、松本亜優)、トリオ デルアルテ(内野佑佳子、河野明敏、久保山菜摘)、タレイア・クァルテット(山田香子、二村裕美、渡部咲耶、石崎美雨)。
チェルカトーレ弦楽四重奏団は、メンデルスゾーンの弦楽四重奏曲第2番 第1楽章とシューベルトの弦楽四重奏曲第13番「ロザムンデ」第1楽章を弾いた。メンデルスゾーンは総じて美しい演奏。第2ヴァイオリンの関が積極的で存在感を示す。「ロザムンデ」第1楽章は落ち着いたテンポで丁寧に奏でられた。意思の統一感があり、弱音表現も巧み。
アミクス弦楽四重奏団は、ヤナーチェクの弦楽四重奏曲第1番「クロイツェル・ソナタ」全曲を取り上げた。彼らは、第4期からの参加。アイ・コンタクトを密に、多彩なテキストを真摯に再現。
トリオ デルアルテはスメタナのピアノ三重奏曲から第1、第3楽章を演奏。第4期の時とはチェロのメンバーが替わったが、トリオとしてのスケールの大きさ、まとまり、バランスの良さは以前よりも増したように感じられた。
タレイア・クァルテットは細川俊夫の『開花』を弾いた。彼女たちは、この作品を演奏するために、作曲者からアドバイスを受け、初演者(東京クヮルテット)でありCMAのファカルティである池田菊衛や磯村和英の指導も受けていた。この日の演奏は非常に完成度の高いものに思われた。
最後にファカルティの練木繁夫とアミクス弦楽四重奏団の共演でブラームスのピアノ五重奏曲第1楽章が披露された。練木のピアノは弦楽器とよく溶け合い、アミクス弦楽四重奏団もクァルテットとしての統一感が素晴らしかった。
6月15日は、クァルテット・インテグラ(三澤響果、菊野凛太郎、山本一輝、築地杏里)、トリオ・ムジカ(柳田茄那子、田辺純一、岩下真麻)、クァルテット・ポワリエ(宮川莉奈、若杉知怜、佐川真理、山梨浩子)が出演。
クァルテット・インテグラは、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第7番「ラズモフスキー第1番」より第1、第4楽章を取り上げた。音楽的な会話やコミュニケーションが十分にとれていて、心を一にした一体感は、ベートーヴェンの音楽にふさわしい。演奏を楽しんでいるという感じも良かった。
トリオ・ムジカは、シューベルトのピアノ三重奏曲第2番より第2、第4楽章を演奏。トリオらしい3人それぞれの主張が感じられる。ただし、シューベルト独特のハッとするような弱音表現もほしいと思われた。
クァルテット・ポワリエは、ドビュッシーの弦楽四重奏曲から第1、第3、第4楽章を弾いた。美しい演奏。とりわけ緩徐楽章では、微妙なハーモニーや色彩を味わった。
この日は、特別ゲストとしてアンサンブル・ラロが参加。アレクサンダー・シトコヴェツキ―、若杉知怜、佐川真理、田辺純一、ダイアナ・ケトラーによるドヴォルジャークのピアノ五重奏曲第2番第1楽章や、シトコヴェツキ―、内野佑佳子、ラズヴァン・ポポヴィッチ、渡部咲耶、牟田口遥香、ベルンハルト・直樹・ヘーデンボルクによるチャイコフスキーの弦楽六重奏曲「フィレンツェの思い出」より第4楽章の演奏もあった。
また、6月6日の「ディスカバリーナイトⅠ」にトリオ デルアルテが出演し、ハイドンのピアノ三重奏曲第31番 変ホ短調を弾くとともに、ハイドン編曲『スコットランドとウェールズの民謡歌曲集』より6曲をテノールのジョン・健・ヌッツォと共演した。トリオ デルアルテにとって、普段、あまり手掛けることのないレパートリーであったが、それだけによい経験になったに違いない。
CMG期間中に、ベートーヴェン・サイクルに取り組んでいたクス・クァルテットによるCMAフェローを対象とした特別マスタークラスもひらかれ、チェルカトーレ弦楽四重奏団(シューベルトの弦楽四重奏曲13番「ロザムンデ」第1楽章)、タレイア・クァルテット(ドビュッシーの弦楽四重奏曲より第3、第4楽章)、クァルテット・インテグラ(シューベルトの弦楽四重奏曲第15番 第1楽章)が指導を受けた。
クス・クァルテットのマスタークラスは独特で、フェローの通し演奏のあと、ヤーナ・クス、オリヴァー・ヴィレ、ウィリアム・コールマン、ミカエル・ハクナザリアンの4人がそれぞれ10分前後指導を行う。個々に作品観を持った4人の音楽家が音楽理論に裏付けされたレッスンを行う。そこでは、弾き方よりも、楽曲をどう感じ、どう解釈するかが問題となっていた。
現在、CMAでは、原田幸一郎、池田菊衛、磯村和英、毛利伯郎、練木繁夫、花田和加子がファカルティを務めているが、6月5日の「プレシャス1pm Vol.1」には、池田、磯村、毛利が出演。ヴァイオリンの渡辺玲子やクラリネットのコハーン・イシュトヴァーンらとともにアンサンブルを組んだ。最初の渡辺、池田、磯村によるドヴォルジャークのテルツェット(2つのヴァイオリンとヴィオラの三重奏曲)第1、第3楽章は、立奏。渡辺の大きな表情の演奏に対して池田は堅実かつよく歌う演奏で応える。5人での「クラリネット五重奏曲」としては、モーツァルトの第2楽章、フランセの第3楽章、ブラームスの第2楽章が取り上げられた。渡辺は、元・東京クヮルテットの池田や磯村とのブラームスの共演を熱望していたという。ブラームスは全員が情感豊かな演奏。
最終日(6月16日)の「フィナーレ2019」にもCMAのフェローたちが参加。目覚ましい演奏を披露したのが、クァルテット・インテグラ。最高峰の音楽家たちのプログラムに交じってのバルトークの弦楽四重奏曲第2番 第2楽章の演奏だったが、彼らを初めて聴いた聴衆は驚いたに違いない。一つの楽章への集中度、凝縮は見事。彼らは、アイ・コンタクトを取るというより、見つめ合っている。その一体となった演奏にはノリも感じられた。
CMAアンサンブルは、原田幸一郎の指揮で、バーバーの「弦楽のためのアダージョ」とエルガーの『序奏とアレグロ』を演奏。バーバーでは、内野がコンサートマスターを務め、弱音を活かした情感豊かな演奏が繰り広げられた。エルガーでは、内野、池田、磯村、毛利が独奏を担い、アンサンブルのコンサートマスター席には山田が着いた。CMAアンサンブルは個々の奏者の実力が高く、ブルーローズ(小ホール)では狭く感じられるところさえあった。
また、グリンカの作品、ベッリーニの『夢遊病の女』の主題による『ディヴェルティメント・ブリッランテ』というピアノ六重奏曲では、アンサンブル・ラロと池松宏に、宮川莉奈が加わった。
堤剛ディレクターは、池松宏とともにロッシーニの「チェロとコントラバスのための二重奏曲」で和やかなアンサンブルを披露し、最後、チェロが2本という珍しい編成のアレンスキーの弦楽四重奏曲第2番から第2、第3楽章をアンサンブル・ラロのメンバーとともに演奏して、2週間のCMG2019を締め括った。