フランス北西部ノルマンディー。この地方の存在は映画で知った。『シェルブールの雨傘』(1964年公開)。『男と女』(1966年公開)。どちらも名作であり、どちらも主演女優が魅力的だ。わたしはノルマンディーというと、第2次世界大戦終結へと向かうノルマンディー上陸作戦の歴史的事実よりもこれらの映画のシーンが先に浮かぶ。
公開の時はまだ幼くて、映画館で観た訳ではない。はじめて観たのは小学校の高学年か中学生の頃、名調子で知られた映画評論家の淀川長治氏が解説をするTVの日曜洋画劇場を通してだった。いまから40年以上、50年くらい前、遠い昔のことになる。
『シェルブールの雨傘』のシェルブールはマンシュ県、イギリス海峡に突き出したコタンタン半島の先端に位置している。港湾都市であり、漁業とフランス海軍の町のようだ。
映画では、なんだか肌寒そうな港町で、カトリーヌ・ドヌーブのレインコート姿と傘店の色とりどりの雨傘が印象的だった。少年のわたしを痺れさせたのは、可憐な花が雨に震えているかのようなドヌーブのはかなげな美しさだった。
ミシェル・ルグランの音楽による全編ミュージカルのこの作品を観ながら、ドヌーブは声まで美しいのかと驚いた。すぐにわかったのだが、出演者の歌声はすべて歌手による吹き替え。しかしながら真実を知っても、主題曲の麗しくも哀しげな調べとドヌーブの美しさがはるかに勝っており、ショックを受けることはなかった。
もうひとつ、『男と女』はアヌーク・エーメである。こちらは大人の女の美しさで魅了した。そしてフランシス・レイの音楽。“ダバダバダ”のスキャットが大人の恋の物語に寄り添う。
重要な舞台となっているのがカルヴァドス県ドーヴィル。ここは“ノルマンディー海岸の女王”と呼ばれ、リゾート地であるらしい。かつて貴族の保養地として名を高め、それから宮殿のようなヴィラ、そして豪奢なカジノが生まれたという。
映画の内容は互いに伴侶を失くした男と女が出会い、偶然にもふたりとも子供をドーヴィルの寄宿学校に入れていることからこころが通じ合うようになるというもの。美しいエーメの少し陰のあるような表情が、観る者のこころをくすぐる。
この映画、制作費があんまりなくて、モノクロとカラーで構成されている。ところがそんな裏事情を感じさせることなく、フィルムの併用がいい味わいとなっているから面白い。
そのせいなのか、ノルマンディーが“北の人間の大地”を意味するように、低く垂れ込めた雲、イギリス海峡の荒海と海風というイメージがある一方で、それに反して海の光に照らされた温暖な明るいイメージもわたしのこころの中にはある。