リキュールの発明者は古代ギリシャの医聖ヒポクラテス(BC.460頃~BC.375頃)だといわれている。ヒポクラテスは薬草をワインに溶かし込んで、一種の水薬をつくりだし、これが起源とされている。
現在のリキュール、つまりスピリッツをベースにした混成酒の創案者は、ブランデーの創始者ともいわれるスペイン生まれの医者であり錬金術師のアルノード・ヴィルヌーブ(1235~1312頃)とその弟子のラモン・ルル(1236~1316)だといわれている。彼らはスピリッツにレモン、ローズ、オレンジの花、スパイスなどの成分を抽出してつくりあげたという。
彼らの死後まもなくの1346年、ヨーロッパにペスト菌が伝染、黒死病が蔓延し、多くの人々の生命が失われた。このときスピリッツに薬草を溶かし込んだエリクシル(語源を参照)は貴重な薬品として扱われた。
一方では、同じ頃にすでに修道院でもリキュールづくりが盛んにおこなわれていた。モンクス・リキュール(Monk= 修道士)と呼ばれるもので、ラテン語の文献に精通し、錬金術(蒸溜技術)を学べる環境にあった修道士たちが薬草を原料に薬酒をつくり、自分たちのためだけでなく近隣住民の滋養強壮のために分け与えたりしていた。
15世紀になるとリキュールづくりが盛んだったイタリアが指導的な役割を担うようになる。イタリアはすでに14世紀には薬用酒を輸出していたほどだが、パドヴァの医師、ミケーレ・サボナローラがロゾリオというリキュールを開発したとい話が伝わっている。彼は、さる病弱な婦人に生命の水と讃えらるブランデーを薬としてすすめたが、彼女は飲みたがらなかった。
そこでミケーレはブランデーにバラの花の香りとモウセンゴケの味を溶かし込んだリキュールを開発し、ロゾリオ(Rosolio)と名付けてすすめた。その婦人は気に入り薬として飲むようになったという。ロゾリオとはモウセンゴケのイタリア古語ロゾリに由来するが、このロゾリという語も、元はラテン語で「露」を指すロス(ros=dew)と「太陽の」を意味するソリス(solis=of the sun)からきた名である。
つまり「太陽のしずく」といった意味が込められたものだった。ロゾリオは現在でも南イタリアで人気のあるバラの香りのリキュールである。
16世紀にイタリアのリキュールをフランスに伝え、リキュールの全盛期ともいえる時代をもたらしたのはカトリーヌ・メディチ。彼女はフィレンツェの名家メディチ家からフランスの皇太子、後のアンリ2世に嫁ぐ。たくさんの侍女や調理人を引き連れての輿入れで、この中の調理人がポプロというリキュールをパリに紹介したという記録が残っている。
王妃の影響で貴族、領主、諸侯の館などでリキュールづくりが盛んになっていく。そして市民の間にも新たな酒として知られるようになる。これは大航海時代に突入したことも手伝い、アジアや新大陸のスパイスがもたらされ、試される原料が増えたことも影響している。
17世紀後半から18世紀前半にかけてリキュールに庇護を与えたのが太陽王ルイ14世で、彼は老化防止、消化促進のためにリキュールを好んで飲み、製造を奨励した。同時に医薬的効用から美味追求の甘美さを好む傾向も生まれ、それが次第に強まりながらヨーロッパ中に広まっていった。
ただ現在多くの文献に、18世紀の事情を" 貴婦人たちに愛され、身につけた宝石や衣服とコーディネイトしてリキュールを選ぶようになった、そのため競って色彩の美しいものを製造した。いつしか「液体の宝石」「飲む香水」と表現されるようになった"とする記述がみられるが、色彩的洗練に達したのは19世紀半ば以降のことになる。
日本にリキュールが紹介されたのは秀吉の時代。いわゆる利休酒といわれたのが、リキュールと推測されている。
文献に最初にリキュールが登場するのは1853年の黒船来航。
「米国船サスケハナ号に浦賀奉行を迎えたペリー提督はさまざまな酒を出してもてなしたが、とりわけリキュールは1 滴も残さず飲みほされた」という内容の記録が残っている。
明治になると鹿鳴館時代にリキュールはヨーロッパ文化のシンボルとしてもてはやされ、やがて世界を旅する大型豪華客船が寄港する横浜をはじめとした港町のホテルバー、そして東京・銀座に開店したバーなどで飲まれはじめるようになった。
さて、現在は世界中のフルーツが流通するようになり、また技術的な革新もすすみ、リキュール事情は大きく変わってきている。もちろん古典的な重厚な香味のリキュールも愛されつづけているが、甘美さを失うことなく、低アルコールでライト、あるいはソフトな口当りのよいリキュールが主流となりつつある。
とくにトロピカル・フルーツをはじめ、果汁をたっぷり使用したフレッシュ&フルーティーなタイプが続々と誕生してきている。濃縮技術の向上によって凍結濃縮という熱をかけない方法が生まれたり、工程上のさまざまな技術革新により果汁のフレッシュさが保たれるようになった。
将来的にはさらにジューシーさにあふれた果実系リキュールがたくさん登場するのではないかと予想される。