個々の実力を高めつつ、グループとしてのハーモニーを磨く難しさ
サントリーホール室内楽アカデミーは第4期を修了した。第4期フェローの印象をひと言で言えば、個々の実力が高いメンバーが揃っていたということ。第4期1年目では、その実力がまだアンサンブルの利点として発揮されていなかったが、2年目の2018年には次第にその利点が発揮され、演奏の上ではっきりとした進歩があったと思う。
団体として参加していたフェローたちだけでなく、個人参加でこの室内楽アカデミーに参加し、そこで様々なグループを組んだフェローたちも、次第にアンサンブルの精度を増し、この6月に行われた「チェンバーミュージック・ガーデン」での「ENJOY! 室内楽アカデミー・フェロー演奏会」では、その研鑽の成果を十分に示していた。
個々の演奏家としての実力とグループとしてのアンサンブルの実力は、難しいことなのだが、けっして比例しない。例えば、4人、優れた弦楽器奏者を揃えて弦楽四重奏団を作ったと仮定しよう。一人一人のソノリティ(音響)は立派でも、4人一体となったハーモニーという点では、どうだろうか? もしかしたら、響きだけが立派で、音楽的な内容のないものになったりするかもしれない。室内楽の妙味とは、それぞれの奏者が個々の実力を備えつつも、全体となった時に別種の魅力を放つ、そんなところにあるはずだし、そうあって欲しい。それにはアンサンブルとしての成長の時間が必要だ。そんな観点から第4期のフェローたちの演奏を聴くことが、僕は多かった。個々の実力を伸ばしながら、しかもアンサンブルとしてさらに優れた音楽を作り出す難しさ。それに2年目の第4期フェローは直面していたに違いないと思う。
第4期のフェローで、最も平均年齢の若い弦楽四重奏団にインタビューをすることが出来たので、室内楽アカデミーのこと、訪問したシンガポールでのことなどを聞いた。全員、個人参加である。そのメンバーはヴァイオリンの石倉瑶子(桐朋学園大学音楽学部4年在学中)、竹本百合子(東京藝術大学音楽学部2年在学中)、ヴィオラの井上祐吾(東京藝術大学大学院修士課程在学中)、チェロの北垣彩(東京藝術大学大学院修士課程在学中)(※2018年6月現在)の4人。このうち、石倉と井上は第4期の途中から参加する形だったため、4人で演奏する時間はかなり短いものだった。室内楽アカデミーへの参加の動機は様々だが、やはり「室内楽が好き」、「ファカルティの先生が素晴らしいので、この機会を活かしたかった」、「大学でも室内楽をやっているが、半年で一曲を仕上げる程度のスピード。ここでは毎月、新しい作品に挑むことが出来る」などの意見がまずあがった。
その上で、この4人で組んだ弦楽四重奏団について、チェロの北垣は、「クァルテットを組んで、何度練習しても音程感覚や音色が合わないということがあるのですが、このクァルテットの場合はそれが無く、スムーズに音楽に入って行けた。クァルテットとしてようやく良い音が出て来たかな、という感覚を持っていました」と話す。
ヴァイオリンの竹本も、「ワークショップだけでなく、アウトリーチなどの本番の機会もたくさん作って頂けました。その中でお互いのコミュニケーションがよく取れるようになり、それが音楽にも出て来るようになったと思います」と語る。
ヴァイオリンの石倉は、「ひとつの楽章だけを取り上げるのではなく、全楽章を練習して、知るということが大切だと思いました。それによって音楽の見方が変わりますし、それは自分の役にも立っています。また、室内楽とソロの演奏を両立したいと思いました。ソロの演奏を磨くことも室内楽に良い影響があるはずです」と続ける。
ヴィオラの井上は、「僕が最後にこのクァルテットのメンバーに入ったので、他の3人に迷惑をかけっぱなしだったかもしれません。4人で過ごす時間はなかなか取れませんでしたが、シンガポールで1週間、このメンバーと過ごしてから、みんなの一体感が強まったような気がします」と語る。
サントリーホールとシンガポールのヨン・シュー・トー音楽院は2016年から提携関係にあり、2018年の3月には、日本から室内楽アカデミーのファカルティ2人とフェローの中の2つのグループがヨン・シュー・トー音楽院を訪問して交流を深めた。
「自分たちの演奏だけでなく、ヨン・シュー・トー音楽院の学生たちとのアンサンブルもありました。僕はヴィクトリア・コンサートホールでのドビュッシーの『フルート、ヴィオラとハープのためのソナタ』に参加したのですが、弦楽四重奏以外の組み合わせを体験できる機会が少ないので、とても良い経験となりました」と井上。この4人では、モーツァルトの「弦楽四重奏曲第22番」とベートーヴェンの「弦楽四重奏曲第16番」をヨン・シュー・トー音楽院内のホールとアウトリーチ・コンサートで演奏したそうだ。
残念なことに、4人の進路がバラバラなので、この4人での弦楽四重奏の演奏は6月が最後となった。しかし、一人一人がさらに技量を磨いた後で、いつか再会して、演奏をして欲しいクァルテットである。
室内楽アカデミーは1期2年間。その中にはたくさんの出会いがある。それを一種の栄養として、それぞれが自分を高めて行くことこそが、室内楽の未来につながるのかもしれないと、4人の話を聞きながら感じた。