音楽を創るよろこびを

若きプロフェッショナルたちへ

「サントリーホール アカデミー」トピックス

室内楽アカデミー

同じ言葉を話すための共通の土台作り

片桐卓也(音楽ライター)

  • ワークショップ風景

    ワークショップ風景

  • チェンバーミュージック・ガーデン リハーサル風景

    チェンバーミュージック・ガーデン リハーサル風景

  • 左から 原田幸一郎、毛利伯郎、磯村和英、

    ヴァイオリン:原田幸一郎 チェロ:毛利伯郎 ヴィオラ:磯村和英

  • 左から 白井麻友、高橋里奈、秋津瑞貴

    ヴァイオリン:白井麻友 ピアノ高橋里奈 チェロ:秋津瑞貴

  • 左から 原田幸一郎、小川響子、毛利伯郎、加藤陽子、福井萌、磯村和英

    ヴァイオリン:原田幸一郎 小川響子 チェロ:毛利伯郎 加藤陽子 ヴィオラ:福井萌 磯村和英

サントリーホールが改修のために休館している間も、室内楽アカデミーは様々な場所でアカデミーのワークショップを開催していた。そして、そのひとつの成果発表の場所として、第 5回調布国際音楽祭のなかで「チェンバーミュージック・ガラ・コンサート」(6月11日、調布市文化会館たづくりくすのきホール)を行った。

2017年は第4期の室内楽アカデミーの始まりの年。団体での参加も増えたとは言え、新しいアカデミー生が集まり、第3期とはまた違った雰囲気でのスタートとなった。第4期アカデミーのワークショップをちょっとだけ拝見していて感じたのは、室内楽には「共通の言葉」を話す土台作りが大切だということだった。それぞれのアカデミー生はバックグラウンドが違う。それはいわば、これまで違った言語を話して来たということかもしれないと思った。同じクラシック音楽という世界でも、音楽に対する考え方は千差万別であり、歴史的に磨かれて来た様々な言葉が存在している。それは楽譜という共通の言語を演奏に翻訳する時、特に難しい問題となる。それをお互いに理解しあうこと、さらには、共通の言葉として演奏を通して会話出来るようになるまでには、時間がかかる。その当たり前の過程を、まずきちんと通過しないことには、演奏の一体感というものが感じられないのだ。その最初の時期を、どう過ごすかは、意外に大切なことなのだと、ワークショップを聴きながら感じた。
そして、ある程度の時間が経ち、それぞれの言葉が理解出来て、さらに共通の土台が出来た時に、演奏はようやく音楽を語り始めるのだろう。それは単にテクニックの問題、というよりは、演奏者それぞれの意識の問題だと思う。そんなことを感じながら、調布国際音楽祭の「チェンバーミュージック・ガラ・コンサート」を聴きにいった訳である。

  • 左から 原田幸一郎、毛利伯郎、磯村和英、

    ヴァイオリン:原田幸一郎 チェロ:毛利伯郎 ヴィオラ:磯村和英

調布国際音楽祭はバッハ・コレギウム・ジャパンで活躍するオルガン・チェンバロ奏者であり、指揮者であり、作曲家でもある鈴木優人氏がプロデューサーをつとめる音楽祭で、調布市の様々な施設を舞台に毎年6月に開催されている国際的な音楽祭である。その多彩な催しもののひとつに、今年はサントリーホール室内楽アカデミーが提携する公演「チェンバーミュージック・ガラ・コンサート」が織り込まれることになった。これは室内楽アカデミーのファカルティ、そしてアカデミー生が共に参加するコンサートとしても、重要なものであった。コンサートの前半は様々な室内楽曲から、それぞれの団体がひとつの楽章を演奏するというスタイル、そして後半はファカルティとアカデミー生が共にブラームスの「弦楽六重奏曲第1番」全曲を演奏した。

  • 左から 白井麻友、高橋里奈、秋津瑞貴

    ヴァイオリン:白井麻友 ピアノ高橋里奈 チェロ:秋津瑞貴

前半はまずファカルティの原田幸一郎(ヴァイオリン)、磯村和英(ヴィオラ)、毛利伯郎(チェロ)がシューベルトの「弦楽三重奏曲 」を演奏。継いでアカデミー生、白井麻友(ヴァイオリン)、秋津瑞貴(チェロ)、高橋里奈(ピアノ)がブラームスの「ピアノ三重奏曲第1番」の第1楽章を、レイア・トリオ=小川響子(ヴァイオリン)、加藤陽子(チェロ)、稲生亜沙紀(ピアノ)がドヴォルザークの「ピアノ三重奏曲第3番」から第1楽章を演奏した。続いて、ファカルティの原田、磯村にアカデミー生のトリオ デルアルテ=内野佑佳子(ヴァイオリン)、金子遥亮(チェロ)、久保山菜摘(ピアノ)が加わり、シューマンの「ピアノ五重奏曲」の第1楽章を、そして前半の最後にはメンデルスゾーンの「弦楽八重奏曲」から第1楽章を、アミクス弦楽四重奏団アルネア・カルテットのメンバー=宮川奈々山縣郁音宮本有里今高友香(ヴァイオリン)、山本周川上拓人(ヴィオラ)、松本亜優清水唯史(チェロ)が演奏した。後半は、ファカルティの原田、磯村、毛利に加えて、アカデミー生の小川響子(ヴァイオリン)、福井萌(ヴィオラ、アカデミー修了生)、加藤陽子(チェロ)の6名によって、ブラームスの「弦楽六重奏曲第1番」全曲が演奏された。

  • 左から 原田幸一郎、小川響子、毛利伯郎、加藤陽子、福井萌、磯村和英

    ヴァイオリン:原田幸一郎 小川響子 チェロ:毛利伯郎 加藤陽子 ヴィオラ:福井萌 磯村和英

まず、これだけの数の室内楽が、様々な演奏家によって演奏されるコンサート自体が少ないだろう。次から次へと傑作が並ぶ。もちろん全曲ではなく、その一部という作品もあった訳だが、それでも作品の力を十分に教えてくれる演奏だったと思う。同時に、ファカルティとアカデミー生が一緒に演奏をするということも重要だ。言葉だけではなく、実際の演奏で語り合うことの重要性を、改めてアカデミー生は体験したと思う。そしてアカデミー生だけの演奏では、聴衆の前で実演の経験を重ねるという貴重な機会を得たと同時に、実際の演奏会で、お互いの音楽を聴き合うという、これも重要な経験の機会を得たはず。熱心な聴衆によって、このコンサートはとても充実したものとなった。
やはり、アカデミーのワークショップのなかだけで音楽作りを経験するだけではなく、常に積極的に外に向かって演奏する機会を作ることが大切だと感じたし、そこで大きく成長するきっかけを得ることもあるだろうとも感じた。これまでにも、港区内でのコンサートやとやま室内楽フェスティバルなど、人前での演奏の機会があった訳だし、もちろんサントリーホールでの「チェンバーミュージック・ガーデン」でもその機会を得ることが出来る訳だが、今回の調布国際音楽祭への参加は、一種の他流試合として、とても大きな経験をアカデミー生に残したと思う。継続して参加できれば、さらに大きな意義を持つコンサートとなるだろう。
それぞれの言語から、共通の言語へ。その土台作りはなかなか大変なことである。しかし、すでに共通の言葉で話し合っているグループもあると思う。今後もさらにその努力をすすめて行って欲しいと思う。

  • 「とやま室内楽フェスティバル」合宿セミナーにて 講師とアカデミー生の皆さん(2017年10月)前列左から講師:毛利伯郎(チェロ)、池田菊衛(ヴァイオリン)、原田幸一郎(ヴァイオリン)、練木繁夫(ピアノ)、磯村和英(ヴィオラ)

    「とやま室内楽フェスティバル2017」合宿セミナーにてファカルティ(講師)とアカデミー生の皆さん(2017年10月) 前列左から講師:毛利伯郎(チェロ)、池田菊衛(ヴァイオリン)、原田幸一郎(ヴァイオリン)、練木繁夫(ピアノ)、磯村和英(ヴィオラ)