2022年6月29日(水)~8月28日(日)
※各作品の出品期間は、出品作品リスト(PDF) をご参照ください。
※作品保護のため、会期中展示替を行います。
※会期は変更の場合があります。
※本展は重要文化財「小倉山蒔絵硯箱」(展示期間:6/29~7/25)、「野々宮蒔絵硯箱」(展示期間:7/27~8/28)に限り撮影可能です。
日本美術では、しばしば桜と楓を描く作品を、古くからの名所である「吉野」と「龍田」を描いたものとして説明しています。同様に薄の生い茂る原野に月が沈む光景は「武蔵野」、川にかかる橋と柳・水車の組み合わせは「宇治」などとされています。いずれの場合も、写真や写実的な風景画を見慣れた目からすると、特定の場所を描いたにしては象徴的な表現であることに戸惑いを覚えるかもしれません。しかし、長らく日本の名所は目に見える実景以上に、和歌の詩的なイメージによって表わされる伝統があったのです。そして、そのイメージの源泉となっていたものこそが「歌枕」でありました。
歌枕とは、長い和歌の歴史の中で培われた、特定のイメージをともなう土地や地名です。かつての日本では、そのイメージ世界を表わすことが、あらゆる芸術での基本的な約束事にまでなっていたのです。本章ではそうした歌枕の世界を大画面の屛風絵によって体感していただきます。
「歌枕」は、古くは和歌に使用される言葉全体を指し、地名はその一分野に過ぎませんでした。しかしその後、それらの地名は繰り返し詠み継がれることで特定のイメージが定着し、自らの思いを表わすための重要な言葉や技法として、歌人の間で広く共有されるようになります。そうして歌枕は、平安時代末ごろには「和歌によって特定のイメージが結びつけられた地名」の意味に限定されるようになりました。
このように、歌枕は実在の景勝地というよりも、歌人の間で共有された心の風景という側面が強く、和歌の中にだけ存在した想像上の名所とも言えるものでした。そこで歌枕の重要な典拠とされたのが『古今和歌集』などの勅撰集です。勅撰集は天皇の命で編纂される公的な和歌集であることから、その中で詠まれた土地が歌枕として特に重視されていくのです。
この章ではこうした歌枕の歴史を、まさに歌枕が成立していく過程にあった平安時代の古筆を通して概観します。
本来、和歌を詠むための地名であった歌枕ですが、早くから美術と深く関わりながら展開していきました。特に注目されるのは、日本における名所絵の歴史が、歌枕を描いた平安時代のやまと絵に始まるとされていることでしょう。
平安時代初期の10世紀、屛風絵に対して和歌を詠む「屛風歌」が流行し、名所を描いた屛風にも和歌が詠まれるようになりました。当時の作例は現存しませんが、実景を描いた風景画というよりも、歌枕のイメージ世界が散りばめられた景物画であったとみられています。そして鑑賞者は、屛風に添えられた和歌によって絵の内容を補いつつ、さまざまなストーリーを想像することを楽しんでいたのです。
屛風歌の流行は11世紀には終わりを迎えますが、風景ではなく、その土地を象徴する景物で表わされる歌枕と絵画の関係は、時代が変わっても何らかの形で意識され続けました。本章ではそうした名所絵の伝統に根ざして描かれた歌枕を中心にご覧いただきます。
歌枕は、そのイメージや知識によって「居ながらにして名所を知る」ことができたため、実際の風景を見なくても和歌を詠むことができるものでした。しかし、それはむしろ現地への憧れを強めることにもなり、歌枕への旅を行う人々が現れます。なかでも西行法師の旅は後世の歌人に大きな影響力を与え、西行の旅を追体験することがたびたび試みられました。かの松尾芭蕉の「奥の細道」も、そうした西行を偲ぶ歌枕への旅のひとつだったとみられています。
一方で、実際に旅に出ることが難しい人々にとっても、歌枕は疑似的な旅を体験することを可能にするものでした。歌枕のイメージ世界を江戸時代の風俗に置き換えた浮世絵や、歌枕の景観を模した庭園などを通して、過去と現在をつなぐ「居ながらにして名所を知る」旅を楽しむことができたのです。本章では、このように日本人の旅の原動力として、切っても切れないものとなった旅と歌枕の関係をご覧いただきます。
歌枕は実際の風景よりも、その土地を象徴する景物によって表わされてきた歴史があることから、デザイン化されやすい性質を持ち、多くの器物の意匠に取り込まれてきました。なかでも「書く」という行為で和歌にゆかりの深い硯箱において、歌枕由来のデザインは高度に発達し、数々の名品が伝えられています。そのほか家具や陶磁器、茶道具といった調度品から身にまとう染織品に至るまで、さまざまな分野の装飾に歌枕のデザインが用いられており、かつては身の回りに歌枕があふれていた様子がうかがえます。そして、それらのデザインの中には、現在でも目にすることのできるものも多いのではないでしょうか。
本章では、歌枕がデザインされた多種多様な工芸品を通して、かつて日本人の暮らしの中に歌枕が息づいていた様子を概観するとともに、和歌が身近な存在でなくなった今、再び歌枕の世界を共有することを試みます。
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