受賞のことば
政治・経済2023年受賞
『民主主義を装う権威主義―世界化する選挙独裁とその論理』
(千倉書房)
1982年生まれ。
ミシガン州立大学政治学部博士課程修了。PhD(政治学)。
欧州大学院マックス・ヴェーバー博士研究員、東北大学大学院情報科学研究科准教授などを経て、現在、東京大学社会科学研究所准教授。
著書 The Dictator's Dilemma at the Ballot Box(ミシガン大学出版局)など。
私は、大学院に入学した2006年から権威主義体制研究をはじめました。当初は、安定した民主主義の実践を誇る先進諸国が今日のような「民主主義の危機」に直面するとは、考えていませんでした。むしろ、自分が生まれ育った環境と大きく異なる(はずの)「別の世界」を深く理解したい、という純粋な知的好奇心から研究テーマを選びました。しかし、政治体制に関する国際指標の多くは、まさに2006年ごろから、それまで30年ほど続いた民主化の世界的潮流が逆転し、「民主主義の後退」がはじまったことを示しています。世界の変化のなかで、私の研究対象に対する思いも徐々に変わっていきました。
本書が事例研究の舞台として取り上げたカザフスタンとキルギス共和国では、今日の世界で広くみられる「民主主義の後退」とよく似た現象と政治プロセスが、すでに1990年代前半に観察されていました。1991年のソヴィエト連邦解体後、胎動する政治的自由化と野党の勢力伸長は、90年代半ばごろまでには、野党の締め付け強化、メディアや裁判所の統制、議会不在時の憲法改正による大統領の任期延長と権力集中を経て、徐々に切り崩されていきました。中央アジアを含め、選挙独裁制の国々の経験は、ポピュリズムと権威主義的指導者の台頭に直面する民主主義諸国に多くの示唆をもたらすかもしれません。それまで途上国で独裁制研究をおこなってきた比較政治学者のなかには、「民主主義の後退」に直面する先進国に焦点を当て、いま民主主義世界で一体何が起こっているのか、独裁政治研究の知見を援用しつつ、その核心に迫る研究を生み出す人たちもいます。
本書は、現代の独裁政治を体系的に理解したい、という純粋な知的興味から生まれたものです。しかし、この15年ほどの間にみられた世界の目まぐるしい変化は、研究に対する新たな動機を私のなかに生み出すことにもつながりました。すなわち、権威主義体制の政治を深く知ることは、権威主義の国々に囲まれる日本がどのようにそれらの国々と向き合っていくべきかを考えるうえで必要なだけでなく、私たち自身の民主主義を守り深めていくためにも、無視できない教訓をもたらすのではないか、と。
これからも権威主義体制の政治を分析して、研究論文や著作を英語で公刊することで世界の政治学コミュニティの発展に貢献していきたいです。同時に、海外の研究者との切磋琢磨のなかで生まれた研究成果を日本語で積極的にアウトリーチすることで、権威主義体制の政治を深く理解することの重要さを日本の読者にも示していければ、と考えています。この度は、そのための大きなきっかけをいただくことができ、大変光栄に感じています。