選評
政治・経済2023年受賞
『民主主義を装う権威主義―世界化する選挙独裁とその論理』
(千倉書房)
1982年生まれ。
ミシガン州立大学政治学部博士課程修了。PhD(政治学)。
欧州大学院マックス・ヴェーバー博士研究員、東北大学大学院情報科学研究科准教授などを経て、現在、東京大学社会科学研究所准教授。
著書 The Dictator's Dilemma at the Ballot Box(ミシガン大学出版局)など。
権威主義体制に世界的な注目が集まっている。かつては、民主主義体制に比べて安定性を欠き、脆弱で、民主化によって滅びゆく存在だと考えられていた権威主義体制は、多くの論者の予測よりも遙かに強靱であった。それどころか、中国の台頭やロシアによるウクライナ侵略などは、権威主義体制が世界の行方に大きな意味を持つことを示している。
今日の世界が、民主主義対権威主義という体制間競争あるいは対立の時代だという見方も珍しくない。しかし、民主主義体制が多様で一枚岩ではないように、権威主義体制にも豊富なヴァリエーションがあり、体制内の差異は無視できない。
権威主義体制の多様性を生み出す大きな一因が選挙である。選挙は民主主義の証だと思われがちだが、実際には権威主義体制の下でも選挙実施は例外的ではない。ロシアが現在も大統領選挙を継続しているのは、その典型例である。
それはなぜなのか。権威主義体制の支配者は何を求めて選挙を行うのか。選挙のあり方にはどのような特徴が見いだされるのか。そして、他の統治手法との関係はいかなるものか。本書において著者の東島氏が解明しようと試みるのは、権威主義体制下で行われる選挙に存在する、民主主義体制とは異なった複雑な因果連関やダイナミクスである。
東島氏はこれらの問いに答えるべく、大規模データセットを構築して行われる緻密な計量分析と、中央アジア二カ国におけるフィールドワークに基づく事例分析を併用する。それによって、因果推論革命とも呼ばれる近年の社会科学における方法論的厳密化に棹さしつつも、歴史的要因や属人的要因を含む事例の固有性にも目配りが行き届いた、説得力ある知見を得ることに成功している。
従来、日本語での政治体制論は、特定の国や地域についての詳細な事例分析に基づくものが圧倒的に多く、計量分析による多国間比較を駆使した成果はほとんど見られなかった。本書は、権威主義体制についての知見を深めるだけではなく、政治体制論の研究水準を一気に高める画期的な成果であり、比較政治学への学術的貢献は極めて大きい。
加えて、読みやすさも本書の大きな魅力である。東島氏がアメリカの大学院で行った研究を出発点にしており、高い評価を得ている英語版が既に存在するが、本書は英語著作の邦訳とは全く異なる。日本の読者が持っているであろう背景的知識や、抱くであろう疑問などを十分に踏まえ、とりわけ冒頭の数章を使って丁寧な説明が与えられることで、先端的な成果が一般読者に開かれている。著者と編集者の努力に心からの敬意を表したい。
専門知への不信や陰謀論の横行は、主要民主主義国でも今日無視できないリスクになっている。学術上の先端的な知見が市民社会に広く共有される意義は、ますます高まっているはずである。東島氏には、今後も本書のような試みを継続していただきたいと願う。
待鳥 聡史(京都大学教授)評
(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)