受賞のことば
政治・経済2023年受賞
『現代日本の消費分析―ライフサイクル理論の現在地』
(慶應義塾大学出版会)
1974年生まれ。
東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。
財務省財務総合政策研究所総括主任研究官、一橋大学経済研究所教授などを経て、現在、京都大学経済研究所教授。
著書『マクロ経済学の第一歩』(共著、有斐閣)など。
消費とは、私たちがさまざまなモノやサービスを購入して使用する活動のことです。消費によって私たちは豊かさを享受することができるという意味で、経済活動の究極的な目的です。その消費が現代日本においてどのように決定されているのか、その決定構造にどのような含意があるのかを明らかにすることが本書の目的です。
最近の経済現象の多くは広い意味での「消費の決定」と密接に関係しています。消費税率引上げ、金融政策の変更、特別定額給付金の支給などのニュースが流れるたびに消費への影響が議論されますが、その都度、社会的にも政策的にも異なる文脈で語られ、ときに矛盾した論説がされているのが現実です。
本書では、多様な側面を持つ消費を、経済学の力を使って一貫した視点を持って分析することを試みました。消費を決定しているのは同一の「個人」であり、人々が一定の合理性を持って行動をしているのであれば、そこには共通した構造があるはずです。その構造を解明できれば、人々の反応を理解することができ、適切な政策の評価が可能になります。
経済学において個人がどのように消費を決定しているかを分析しているのが、本書の副題にある「ライフサイクル理論」です。別々にノーベル賞を受賞した二人の経済学者によって70年前に生み出された、現代経済学の根幹となる理論です。考え方は非常に簡単で、人々は消費をできるだけ変動しないよう一定に保つように行動しているというものです。
このライフサイクル理論という「地図」を片手に、現実の経済現象を交通整理したのが本書の内容です。ただし、一貫した視点とは言いながら、ライフサイクル理論という地図は、理論と現実のフィードバックを通じて常に更新されています。本書では、できる限り最新の状態にアップデートしながら、現実の日本経済を分析しました。
経済学のレンズを通じて現実を見るという目的のために、本書は一般の読者を前提とすれば専門的すぎる部分があることは否定できません。また、経済学という学問の最大の美徳は体系性にあると考え、その全体像が網羅できるようにしたところ、非常に大部の書物となってしまいました。
こうした強い専門書としての色彩にもかかわらず、サントリー学芸賞という素晴らしい賞をいただけたということは「広く社会と文化を考える」本として評価いただけたのだと思います。専門性を犠牲にせずに一般にアプローチできる本を書きたいと考えていた私にとって、今回の受賞は望外の喜びです。今回の賞をきっかけに、専門家・政策担当者だけではなく、より多くの方に経済学を使った現実の見方が伝わればと期待しております。