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サントリー学芸賞

選評

政治・経済2023年受賞

宇南山 卓(うなやま たかし)

『現代日本の消費分析―ライフサイクル理論の現在地』

(慶應義塾大学出版会)

1974年生まれ。
東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。
財務省財務総合政策研究所総括主任研究官、一橋大学経済研究所教授などを経て、現在、京都大学経済研究所教授。
著書『マクロ経済学の第一歩』(共著、有斐閣)など。

『現代日本の消費分析―ライフサイクル理論の現在地』

 リーマンショック後の緊急経済対策として定額給付金が支払われ、新型コロナウイルス感染症の行動制限による景気対策として2020年4月から特別定額給付金が支給された。消費者にお金を渡すのだから、受け取った人は、その分消費を増やし、モノが売れるので景気がよくなるはずだと多くの人は考えるだろう。しかし、標準的な経済学では、そのような効果は小さいと考えられている。人は、今の所得だけをもとに、今の消費額を決めているのではない。貯蓄をしている人は、将来の生活が苦しくならないように貯蓄をしているか、将来により豊かな生活をしたいから貯蓄をしている。1ヶ月分の給料を一度にもらう人は、給料をもらった日に全額使い切ることをしないだけでなく、その後の所得のことも考えて、お金の使い方を考える。つまり、人々は今の所得だけではなくて、将来の所得がどうなるかを予測して今の消費額を決めていると想定されているのだ。このような消費決定に関する考え方は、ライフサイクル理論と呼ばれている。逆に、定額給付金が景気対策になるという考え方は、人はその時の所得だけをもとに消費する額を決めているというものだ。
 一回限りでもらう10万円は、一時所得としてはある程度大きいが、保有している資産と将来の所得総額の合計と比べると小さい。これからの生涯で利用可能な資産に基づいて、現在の消費を決めるという考え方からすれば、今日だけ所得が10万円上昇する効果は小さいのだ。
 人々がライフサイクル理論に従っているのか、それとも将来のことを考えないで暮らしているのか、経済学者は長い間研究を続けてきた。ライフサイクル仮説が成り立っているのか、どの程度の人に当てはまるのかを明らかにするのは極めて重要である。財政政策の効果が大きく異なるからだ。著者の宇南山氏は、この分野で世界的な業績をあげてきた研究者である。
 人々が、将来のことを考えて消費を決定しているのなら、予想された所得の変化では消費を変動させないはずである。所得変化が事前に予想できる例に、定年退職前後の所得変化や公的年金の年間支給回数の変更がある。この場合、ライフサイクル理論に従っていれば、消費額はその前後で変わらないはずだ。ライフサイクル理論が成り立つかどうかを検証するためには、年金や児童手当などの政策変更を巧みに利用し、同じ人の所得と消費を追跡したデータを用いる必要がある。こうしたデータを用いて著者は、日本でライフサイクル理論が本当に成り立っているのかを、厳密に検証してきた。その結果、日本経済ではライフサイクル理論がかなり成り立っていることが説得的に示されている。本書は、ライフサイクル理論の基礎から最先端の検証方法まで、著者自身の日本経済に関する貢献を含めて体系的に紹介していることが特徴である。大部だが非常に丁寧な説明なのでわかりやすい。論理を飛ばさないでわかりやすく説明している著者の文章は、著者が研究者としてだけではなく、教師としても優れていることを示している。

大竹 文雄(大阪大学特任教授)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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