受賞のことば
政治・経済2022年受賞
『雷神と心が読めるヘンなタネ—こどものためのゲーム理論』
(河出書房新社)
1985年生まれ。
ハーバード大学大学院経済学部博士課程修了。PhD(経済学)。
カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院助教授などを経て、テニュア(終身在職権)取得、現在、同校准教授、東京大学大学院経済学研究科グローバルフェローを兼任。
著書 『ゲーム理論入門の入門』(岩波書店)など。
私は、経済学の一分野であるゲーム理論の研究者です。ゲーム理論とは、複数の意思決定者が行動を選ぶときに何が起きるかを、数学モデルを使って予測する学問です。私だけが意思決定をしているのなら話は簡単かもしれませんが、相手がいる場合には、私はその人が何をするかを予想しながら意思決定をすることになります。でもその相手自身も、私が何をするかを予想しようとしているので、私としては、相手が私が何をするかをどう予想しているかを、予想する必要があります。もちろんこれで話は終わりではなく、私は相手が私が相手が何をするかをどう予想をしているかをどう予想しているかを予想しなければ……と、永遠に続くので、問題は複雑。こんな複雑な問題を分析するのが、ゲーム理論です。
今回受賞対象にしていただいた『雷神と心が読めるヘンなタネ─こどものためのゲーム理論』は、小学生向けのゲーム理論の本です。といっても、ゲーム理論の内容を小学生にもわかるように懇切丁寧に解説した教科書、というわけではなく、実は小説です。物語の主人公、小学6年生の啓一は、学校の学級会や放課後行く本屋などで、様々な意思決定問題に出合います。意思決定をするには、他の人が何を考えているかを予想しなければなりません。相手の立場に立って、相手の気持ちを慮(おもんぱか)る必要があるのです。そんな時、謎キャラ「雷神」が出現して、啓一に「相手の気持ちがわかるようになるタネ」を渡してくれます。このタネを使って相手の心を読み、うまく意思決定ができるか、いや、そもそもタネを使うべきなのか、ということを啓一が考えていきます。
私が「ゲーム理論」という分野に出会ったのは、というかそもそもその存在を知ったのは、大学生の時でした。それからその面白さに取り憑(つ)かれ、しまいにはゲーム理論家になりました。「もしも、もっと早くゲーム理論のことを知っていたらなぁ」と思うこともあります。
子どもの時は、(ゲーム理論に限らず、)知らない世界がたくさんあります。世の中にはいろいろな学問があるし、たくさんの職業がある。大人になったら広がっているそんな大きな世界を、少しずつでも覗けたら、子どもたちの想像力はぐっと豊かになるのではないかと思います。だから子どもたちに、そんな大きな世界のうち、私が知っている一部分だけでも見せてあげたい。そう思い、この本を書きました。こういった活動を通して、ゲーム理論や経済学の面白さ、そしてそれらへの正しいイメージが世の中に伝わってほしい、と願っています。
今後も、このような啓蒙活動をしていきます。ただ、そうした活動は誰でもやっていいわけではありません。研究者として成果を出し続けることでしか、発信する内容は伴ってきません。ですので、まずはこれからも研究者として全力を尽くし、そしてその上で、微力ながらですが啓蒙活動も続けていければ、と思っています。