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サントリー学芸賞

選評

政治・経済2022年受賞

鎌田 雄一郎(かまだ ゆういちろう)

『雷神と心が読めるヘンなタネ—こどものためのゲーム理論』

(河出書房新社)

1985年生まれ。
ハーバード大学大学院経済学部博士課程修了。PhD(経済学)。
カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院助教授などを経て、テニュア(終身在職権)取得、現在、同校准教授、東京大学大学院経済学研究科グローバルフェローを兼任。
著書 『ゲーム理論入門の入門』(岩波書店)など。

『雷神と心が読めるヘンなタネ—こどものためのゲーム理論』

 サントリー学芸賞の政治・経済部門の受賞作品の中で、本書は挿絵が最も多い書として記録されることだろう。その意味で、歴代受賞作品の中でひときわ異彩を放っている。本書は、副題にもあるように、こどものためのゲーム理論の解説書という体裁をとりつつ、数学的なロジックに裏付けられたフィクション(作話)で描写したリアリティで全体が構成されている。本書は、挿絵が添えられた5つの物語が展開されている。経済学の中で1つの中心的な理論として数学的基礎を持ったゲーム理論という「学」と、それをフィクションで描写するという「芸」が見事に融合しており、サントリー学芸賞を授与するにふさわしい。
 鎌田雄一郎氏は、カリフォルニア大学バークレー校准教授で、ゲーム理論とその応用を専門としている。農学部に在学中、経済学のゲーム理論に関する講義を履修して刺激を受けたことが契機となって大学院では経済学を志すようになったという。鎌田氏の研究業績は、若くして質量ともに素晴らしく、世界の経済学界でトップ5やそれに準ずるものと位置付けられる国際学術誌に多くの論文を掲載している。そのうちの1つに、小島武仁・東京大学大学院経済学研究科教授との共著論文で、2人の候補者が競う選挙で、有権者の政策に関する好みが左寄り、中庸、右寄りと分かれている中で、各候補者はどのような政策を掲げるかを分析したものがある。この種の古典的な理論では、両候補は票を奪い合うように中庸な政策に寄って行き、結局は似たような政策を掲げる、との結論が頑健に導かれる。ところが、鎌田氏らは、有権者の政策の好みがちょっとした差異でも看過できないと感じる状態であるとか、いくつかの条件が重なると、この理論に基づいても2人の候補者は、多く得票しようとして敢えて両極端の政策を掲げることになる、という結果を導いた。ゲーム理論を政治に応用した見事な分析だ。
 鎌田氏は、既に邦文で『ゲーム理論入門の入門』(岩波新書)、『16歳からのはじめてのゲーム理論』(ダイヤモンド社)と2冊の書を世に出している。ただ、本受賞作品のように、挿絵付きの物語でゲーム理論の核心に迫るのは、『16歳からのはじめてのゲーム理論』に次いで2作目である。この1作目も、ゲーム理論に裏打ちされたストーリーに引きつけられたのだが、斬新さがゆえに評価に戸惑うところもあった。しかし、2作目となる本書では、鎌田氏が持つ理論家とストーリーテラーの双方の能力の高さが大いに証明され、確固たる地位を築いたと評せよう。
 滝沢啓一という小学6年生の男子が本書の主人公である。題名にあるように、雷神が啓一少年の前に現れて、心が読めるヘンなタネを繰り出すという奇想天外な物語が展開される。1つ1つの物語の後には、雷神によるゲーム理論の解説が付いている。ゲーム理論の考え方を使って、「相手の立場に立つ」ことが自然にできるようになることを、本書の狙いとしている。ここにも、ゲーム理論の醍醐味を感じさせる。
 優れた学術的な研究業績を積み重ねながら、読者を引きつける物語をも創造する。数学的な理論は現実に擬した「フィクション」ともいえ、学界で注目される新理論を構築する知的作業は、読者を魅了する物語の創作とも共通するものがあるのかもしれない。鎌田雄一郎氏のさらなる活躍を期待したい。 

土居 丈朗(慶應義塾大学教授)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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