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サントリー学芸賞

選評

思想・歴史2023年受賞

池田 真歩(いけだ  まほ)

『首都の議会― 近代移行期東京の政治秩序と都市改造』

(東京大学出版会)

1987年生まれ。
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(文学)。
日本学術振興会特別研究員(PD)、北海学園大学法学部講師を経て、現在、北海学園大学法学部准教授。
著書 『公正の遍歴』(共著、吉田書店)など。

『首都の議会― 近代移行期東京の政治秩序と都市改造』

 東京に住んでいてほかの地方を訪れた機会に、そこでの「政治」の存在感の大きさを実感することがある。もう20年前の話ではあるが、某県庁所在地でコンビニに入り、雑誌のコーナーをのぞいたとき、県政の専門雑誌が二種類も刊行されているのに驚いた。地元の商工業者にとって、業界の利益の実現のために県議会の議員に働きかけ、その党派の動向に目を配ることは当たり前だから、県政の専門誌も売れる。地域社会から上がってくる要求が、議会を通じて政府の政策へと統合されるという、近代社会において社会と国家(政府)をつなぐ回路のひな型のようなものである。
 ところが東京では、地域と都議会とのつながりを、それほど強く実感することはない。もちろん地域の商工組合などに属している人にとっては状況が異なるだろうが、都政について専門的に報道するメディアもないため、一般の市民にとっては意識しにくい。つながりがはっきりと見えないにもかかわらず、大規模な人口を抱えた都市社会と、都政のメカニズムとが何らかの形で連動し、秩序を保っているのである。そこには、単に大都市だからそうなっているというだけには尽きない、歴史上の背景があるのではないか。
 『首都の議会』は、近代史において東京に独特の政治のしくみが生まれてゆく過程を、みごとに描きだした。明治10年代に東京府会は、言論人たちが「実業家なき議会」を構成し、商工業者は商法会議所に集うという、〈政〉と〈商〉の分離状態から始まった。それは、府会が西洋からの最新の知識を導入し、江戸時代の町会所から引き継いだ共有金を元手として、都市インフラの整備を計画するのに適した体制だった。
 しかし明治20年代以降、東京市会の時代になると、言論人に代わり政党政治家が議員となって「民力休養」の方針を掲げ、市会は都市改造事業に消極的になる。これに対して、産業革命の進行を背景としながら、鉄道や道路の大規模な整備を求め、市会の因循姑息ぶりを批判する声が地域の公民団体から上がってゆく。そこで政党は、利益要求に応える積極主義に転じることで、区会・公民団体との結合を果たそうとするが、すでに政党の腐敗ぶりに対する疑念や反感を抱いている議会外の住民は、汚職や市政の強引な運営に対して反対運動を展開する。そうした慢性的な緊張状態が続くのである。
 一般的に言われる政党政治のしくみは、政党が地方の利益を吸い上げ、政党間の競争や交渉を通じてさまざまな利益の間の調整が行われるというものである。ところが東京ではこれとは全く異なり、区会・公民団体の活動が、むしろ反政党の立場で市議会を突き上げるという都市政治の構造が育っていった。この明治末期までの動向が、冒頭にふれたような現在の都政のあり方にどのように連続しているのか、それともその間に何らかの断絶があったのか。本書の充実した歴史叙述を楽しみながら、さらなる探究への期待が大いにそそられる。

苅部 直(東京大学教授)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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