金麦のこだわり
「ビール醸造家」と「ウイスキーブレンダー」。両者が「つくり手」として目指すのは人々の心が動くほどにおいしいお酒をつくること。仕事に妥協することなく自らの技術の向上に勤しむビール醸造家・倉兼敏とウイスキーブレンダー・川本憲良が、ものづくりに対する姿勢とこだわり、そしてこれからの未来について語ります。
――時代に合わせてさまざまな進化を遂げてきたビールと、数年から数十年という熟成を経て世に送り出されるウイスキー。ともにアプローチは違えど、共通するのはお客様においしい商品を届けたいという想い。
そのためにビール醸造家とウイスキーブレンダーは、日々どのようにお酒づくりと向き合っているのでしょうか。
――それぞれの味づくりの「こだわり」や「難しさ」について教えてください。
ビール醸造家 倉兼(以下、倉兼) おいしいビールをつくるには、まず、麦芽やホップ、水などの素材が非常に重要です。醸造家の仕事はこれらの素材を選び、その魅力を自らの手で引き出し、狙いのビールの味に仕上げることですが、これがなかなか難しい。
なぜなら、たとえばビールの原料である、麦芽やホップを見てもさまざまな種類、異なる魅力があるので、それらを理解した上でなければ、ビールのおいしさの全体像が描けないからです。
ウイスキーブレンダー 川本(以下、川本) ウイスキーも似ていますね。日本のウイスキーはさまざまな香味を表現するため、ブレンド素材となる原酒がおいしさの基盤となります。
なので、私たちはその原酒をつくりこむことに力を注いでいるわけですが、もちろんビールと同じように、麦芽や酵母、そして釜や樽の種類によって繊細に香味が変わってきます。そうやって生まれる個性を活かしながらブレンドし、目指す味わいを表現していきます。
また、熟成中の原酒の状態を把握するため、1日100~200サンプル、年間約3万サンプルの原酒を官能評価(人の身体で五感を使って香味を評価すること)します。
――すごい量ですね! 人の五感でひとつずつ味の出来栄えを確かめているのですね。その味づくりの「難しさ」は、時代と共に変化しているのでしょうか。
倉兼 ビールが生まれたのは紀元前4000年頃といわれますが、実は、根本的なつくり方は昔と今でもあまり変わっていません。
一方で、これまで長い年月、ビールに関してさまざまな研究が行われてきましたが、それでも、ビールづくりにはいまだにわかっていないことがたくさんあるんです。その点はウイスキーも同じですよね?
川本 そうですね。ウイスキーも昔と基本的な製法は変わっておらず、まだまだ科学では解明できないことも多いので、つくり手の五感がとても大切です。
さらに、製品を仕上げる際には繊細な香味を表現するため、先輩方から受け継いできた経験や感性を駆使して、0.0何%単位での緻密なブレンドをしています。
倉兼 こういうつくり方をすれば必ずおいしくなるという設計図があるわけではないのが難しいところですよね。時代がこんなに進んでも、理想のおいしさを形にしていくのは結局「人」なのが面白いなと思います。
ビールやウイスキーのように昔から嗜好品として愛されてきたものには、人が関与せざるを得ない部分がたくさんあると思うんです。
――素材の良さを最大限に引き出し、人が五感を使って香味を表現していくことが、ビールとウイスキーに共通するものづくりの絶対条件。その実現には自らの技術力の向上が要求されます。
レシピに定石はないだけに、それを体得するには根気と時間が必要です。彼らは、自分の役割をどのように捉え、研鑽を積んでいるのでしょうか。
――繊細な感性が要求される「つくり手」として、日々心掛けていることはありますか。
倉兼 ビールづくりって、こうすれば、必ずこうなる、ということがあまりないんです。毎日の積み重ねで一歩一歩、進んでいく。いまラインナップされている商品であっても、思い描く理想のおいしさに向かって、それをさらに、少しずつレベルアップさせていく。そういう努力を毎日続けています。
川本 本当に日々の積み重ねだと実感します。それこそ、樽で長期熟成させるウイスキーは、商品化までの時間軸が非常に長いのが特徴です。いま官能評価しているものは、18年先、25年先、30年先に世に出る商品だったりします。販売計画も30年くらいのカレンダーを書き、計画を立てたりしますから。
倉兼 そうですよね。あと基本的なことですが、五感を使って味や香りを評価する仕事なので、体調管理がかなり大切だなとしみじみ思います。規則正しい生活を送って、自分の身体の状態を把握することも仕事です。
川本 ビールはのどごしが重要なので、実際に飲んで官能評価しなければならないのは大変ですよね。私は業務以外にも、センスや感性を磨くために、異業種の匠の技に触れたり、酒類以外の食についてチェックしたり、日ごろから自分の関心の幅を広げるように意識していますね。
それと、日曜から金曜の夜までは、コーヒーなどの刺激物、ニンニクや過度な唐辛子、スパイスの入った料理など、味覚や嗅覚に影響するものは口にしません(笑)。
――体調管理や食生活にまで気を配り、日々研鑽を積む。その意識の高さ・己への厳しさも、おいしさを実現するために非常に重要なことなのでしょう。
ライフスタイルや嗜好性の多様化により酒類市場が大きく変化するなかで、2人はどのような未来を想い描いているのでしょうか。
――ものづくりの最前線で活躍する「つくり手」として、未来に向けてどのような想いを抱いていますか。
倉兼 ビールは大昔から人類と共に歴史を歩んできたお酒です。長い歴史の中で、我々に明日への前向きな力を与え続けてくれたお酒であったと考えています。
ビールは昔も今も変わらず、人を元気にしてくれる「明るいお酒」。そうしたビールの「本質的な価値」「面白さ」というものを商品の中でしっかりと表現しながら、お客さまに伝えていく。それが醸造家の使命だと思っています。
川本 「ビールの面白さ」という話が出ましたが、当社の会長も「オモロイことをやれ」とよくいうんです。じゃあ「オモロイこと」とは何かというと、私はお客さまに心から感動していただくことではないかと。
単においしいものをつくることがゴールではなく、その先の感動に本当の意味がある。その姿勢はブレンダーと醸造家だけでなく、すべてのものづくりに携わる人の共通点にも思えますね。
倉兼 そうですね。ビールとウイスキーではものづくりの時間軸がまったく違いますが、求められているものは変わらない気がしますよね。こうしてものづくりに対するこだわりを話していても、お互いに伝統的なお酒をつくっていることもあり、醸造家とブレンダーは似ていると思いました。
川本 とはいえ、伝統を守るだけではなく、新しい感動や新たな価値を創造したいという使命感もあります。その一環として、蒸溜所の価値を高めていきたいと思っています。新型コロナウィルスの感染拡大が落ち着いたら、ぜひみなさんに足を運んでいただきウイスキーを体感してもらいたいです。
2022年は知多蒸溜所が50周年を迎え、2023年には白州蒸溜所が50周年、山崎蒸溜所が100周年を迎えます。これからの50年、100年と、サントリーウイスキーを長く楽しんでもらえるように、積極的にみなさんに広めていければと思います。
――ちょうど今年からアニバーサリーイヤーが続くのですね。
倉兼 実は「金麦」も今春、15周年を迎え大きくリニューアルをしました。金麦醸造家こだわりの国産麦芽をブレンドした「贅沢麦芽」を増やすことで、より麦のうまみが実感できるようになりました。
それに合わせて、「金麦」の特徴である季節ごとの味わいも進化させています。日本人は昔から、四季の美しさを敏感に感じ取り、季節の移ろいに深く心を動かされてきました。そんな季節の変化を大切にする心が、旬の食材を料理に取り入れるなど日本の食文化にも反映されており、日本独自の素晴らしい点だと感じています。
「金麦」は、このような日本人ならではの繊細な味覚に寄り添い、日々の晩酌時間を豊かにする役割を担えたらいいなと思っています。私自身もそんな日本らしいビールづくりのチャレンジを楽しんでいますし、お客様にもぜひ、季節の食材と合わせて金麦を楽しんでほしいです。
またアニバーサリーといえば、2023年はサントリービール事業創業の地、武蔵野ビール工場が60周年の記念の年となります。築いてきた伝統を大切にしながら、これからも毎日のビールづくりと向き合って、お客様が感動し、心から笑顔になれるビールをつくり続けられるように、挑戦を続けていきたいです。
――ビールもウイスキーも、そのおいしさの裏側には、キーマンとなる「ビール醸造家」と「ウイスキーブレンダー」という“人”の存在がありました。彼らが日々行なっているのは、伝統を重んじながらも、今、目の前にいるお客様の感動を目指して挑戦していくお酒づくり。
「金麦」の場合は、季節の変化に寄り添う味の設計が、醸造家たちのひとつのチャレンジとなっています。商品をただ味わうだけでなく、彼らの意思やものづくりの背景を知ることで、よりビールやウイスキーの奥深さが見えてくるはずです。
ビール 醸造家倉兼 敏SATOSHI KURAKANE
サントリービール株式会社 商品開発研究部 開発主幹
「目指すのは、お客様が心から笑顔になれるビール。ビールの長い歴史が紡いできた文化的な魅力、本質的な楽しさを広め、日本中のお客様の笑顔を増やしていきたいです」
ウイスキー ブレンダー川本 憲良KENRYO KAWAMOTO
サントリースピリッツ株式会社 ブレンダー室 開発主幹 主席ブレンダー
「ウイスキーを文化として浸透させ、未来に残すための手伝いができたらと思います。そのために国内外のお客様に、ウイスキーのおいしさやストーリーを伝えていきたいです」