春だから、若草薫る風にのせて
朗らかな陽光が気持ちのよい季節となりました。植物たちが一斉に空に向かって背伸びを始める春、チーズ屋のショーケースが、可愛い手のひらサイズの様々な形のシェーヴルチーズで賑わい始めました。シェーヴルとはフランス語で雌山羊のことを意味し、シェーヴルのミルクから作られるチーズもまたシェーヴルと呼ばれるのですが、春先からシーズンを迎えるチーズだということをご存知でしょうか?
山羊は、年に一度、冬から初春にかけて出産をします。その後春から夏にかけて栄養豊富なミルクをたくさん出し、美味しいチーズも盛んに作られます。現在では様々な技術の進歩により一年中シェーヴルチーズを製造することが可能ですが、春から夏にかけてビタミンやミネラルたっぷりの青草を食した山羊たちがもたらしてくれる「旬」の味は格別です。
今回ご紹介する「クロタン ド シャヴィニョル」(又の名を「シャヴィニョル」)は、ロワール川上流域、ワインの銘譲地「サンセール」の丘の麓にあるシャヴィニョル村生まれ。他の家畜に比べ雑食で飼育に手間があまりかからない山羊は、この地域では古くから人々の生活に欠かせない存在でした。そして、ブドウを作る傍ら農家の女性たちが山羊の世話をして作ったチーズも、日々の食料源として、また収入を補う糧としてとても大切なものとされてきました。
「クロタン ド シャヴィニョル」は専門の熟成士の手に掛かると、なんと7段階もの熟成の違うタイプが生み出されます。今フランスで特に注目されている「シャヴィニョル」の熟成士と言えば、ロマン デュボワ氏。この地で「シャヴィニョル」の熟成を手がけてきたデュボワ家の5代目、まだ20代の青年です。小さな村で伝統を守り続けるのは難しく、大手の買収、近代化の流れは「シャヴィニョル」まで押し寄せ、デュボワ家もまた、買収により近代的な熟成の仕方をおし進めることとなりました。しかし彼は先祖代々受け継がれて来た熟成を守るべく、2012年に独立。農家から買い付けたフレッシュなシェーヴルに塩をザッとふりかけ、おにぎりを握るように一つ一つギュッギュッと手で形を整えます。そして外皮を乾燥した後、ステンレスの熟成棚ではなく、藁を敷いた木箱の中に並べて熟成する昔ながらの製法を行います。まだ駆け出しですが、今後「シャヴィニョル」の将来を担っていく、期待の星であることは間違いありません。
さて、今回のテイスティング会で試したのは「ドゥミ セック」と呼ばれる熟成2週間程度で出荷された若い熟成のもの。アイボリーがかった白色の表皮、しっとりとした生地、口に含むと山羊乳特有のきめ細やかな粒子がねっとりと舌の上に広がり、後味に優しい酸味が続きます。