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主催公演

内田光子 with マーラー・チェンバー・オーケストラ 2023

奇蹟のアンサンブル サントリーホールの二夜

奥田佳道(音楽評論家)

最愛のオーケストラを前に、彼女の両腕がひらりと伸び、美しく舞う。時に烈しく。
とそのとき、ステージから奇蹟のアンサンブルが立ち昇る。
また、あの楽の音、光景を体感できる。

鍵盤芸術の使徒内田光子とサントリーホールは相思相愛である。
彼女は鍵盤で「音楽の言葉を語る」。
「さあ、モーツァルトです。美しい調べを、その調べが光につつまれ、空に消えゆくまで慈しみ、ご一緒しましょう。ありがとう」
そんな声がホールにこだまする、とは誉め言葉が抽象的、ポエム気取りで音楽評論家的過ぎるだろうか。

賛辞が尽くされた感もある内田光子が、マーラー・チェンバー・オーケストラ(MCO)とサントリーホールに帰ってくる。Mitsuko UchidaとMCOの交歓は2016年以来、7年ぶりだ。このコンビはザルツブルクのモーツァルト週間、ロンドン、そしてカーネギーホールでもモーツァルトを奏でてきた。

サントリーホールでのプログラムは2つ。オーケストラによる構えの大きな序奏をもつピアノ協奏曲第25番ハ長調K. 503(11月2日木曜の1曲目)は、ディスクは別として、実はライヴでお目にかかることの少ない佳品だ。
晴朗なハ長調、ファンファーレ風のオープニングは、いつのまにかハ短調の色彩を帯び、ベートーヴェンの交響曲第5番を予告するかのような、あの動機も聴こえる。
ピアノのソロが始まる前から、この上なく素晴らしい音楽。なのに、なぜ演奏回数に恵まれないのだろう。

第25番ハ長調K. 503を愛してやまない内田光子は、あの表情豊かな序奏を嬉々として「指揮」する。長調と短調の世界を自在に行き交うのはモーツァルトのお家芸だが、内田はMCOが誇る管弦の名手と交歓しつつ、モーツァルトの遊び心や揺れ動く心情に寄り添う。それを私たちは目の当たりにするのだ。

その晩のプログラムを締めくくるのは、管楽器の編成がぐっと控え目になった最後のピアノ協奏曲第27番変ロ長調K. 595で、完成したのは1791年1月のようだが、いつ書き始められたのかは、例によって分かっていない。
分かっているのは、その年の春にモーツァルト自身が、ウィーン・シュテファン大聖堂も近い宮廷料理人のサロンで弾いたこと、そして第3楽章のロンド主題が歌曲「春への憧れ」K. 596に「移植」されたことぐらいだろうか。全くの偶然だが、モーツァルト最後のピアノ協奏曲と、ベートーヴェンが最初に書き上げたピアノ協奏曲第2番は、変ロ長調という調性も管楽器の編成(フルート1、オーボエ2、ファゴット2、ホルン2)も同じである。

モーツァルト最後のピアノ協奏曲も、声高に申すまでもなく、内田光子の十八番である。天上から舞い降りる調べを、あたかも抱きしめるかのように弾くのか、それとも…。

一週間後(11月9日木曜)に弾くのは、モーツァルトが管楽器の音色(ねいろ)に目覚め、夢中になったピアノ協奏曲第17番ト長調K. 453で、これは隠れた人気曲。
真偽はともかく、モーツァルトが当時飼っていたムクドリとの微笑ましいエピソードも伝えられている。ちなみに「ひとつ前の作品となる」K. 452はピアノと管楽器のための五重奏曲変ホ長調で、モーツァルトが当時いかに親友の管楽器奏者たちと幸せな時間を過ごしていたかを物語る。

コンチェルトのフィナーレに、あらためて注目したい。オペラ「魔笛」のパパゲーノ登場のアリアを予告するかのようなテーマを、内田とMCOの交歓で聴くのだ。オペラの幕切れに通じる、あの疾走感に満ちたフレーズ後に沸き起こる喝采をここで予言しても許されるだろう。
クラリネット2をふくめて、やはりオーケストラの筆致が充実したピアノ協奏曲第22番変ホ長調K. 482も、創造の地平を切り拓くこのコンビで味わいたい佳品だ。シンフォニックな情趣も木管の妙技もお任せあれのピアノ・コンチェルト。フィナーレの「狩りのロンド」がまた絶品で、20世紀の名画「アマデウス」で実に効果的に使われていたことを思い出す。

2022年/2023年のシーズンに結成25周年を寿いだマーラー・チェンバー・オーケストラ。大好きである。
1997年にクラウディオ・アバド(1933~2014)と優れた若手、中堅の演奏家によって創られ、近年も内田光子らトップアーティストと世界を旅するいっぽう、ルツェルン祝祭管弦楽団の母体としても活躍中だ。

音楽と共演者に尽くし、自らのソロやアンサンブルにも自信を抱くマーラー・チェンバーの美質を最高に際立たせる選曲にも心躍る。
管楽器に焦点があてられたシェーンベルク初期の傑作「室内交響曲第1番」作品9(オリジナル版、1906年作曲)。さらにクラリネット奏者、指揮者としても素晴らしい作曲家ヴィトマンの「コラール四重奏曲」(室内オーケストラ版)も、内田が腕をふるうモーツァルトのピアノ協奏曲と相乗効果を発揮する好選曲で、こちらも公演の主役を演じる。表層的な華やかさとは一線を画す、創造的なラインナップというべきだろう。

モーツァルトを仲立ちとした内田光子とマーラー・チェンバー・オーケストラのライヴをサントリーホールで。
開演が待ち遠しい。