2012年6月13日(水)~7月22日(日)
※作品保護のため会期中、展示替をおこなう場合があります。
※各作品の展示期間については、美術館にお問い合わせください。
琉球が統一された15世紀以降、諸外国との交流により培われた文化が花開きます。特に工芸の分野では海外交易により周辺国家や地域からもたらされた素材をもとに、王朝文化の薫り高い意匠による漆工品や染織品が作り出されました。中国と冊封・朝貢の関係にあった琉球では、多くの漆工品とともに紅型が献上されており、紅型染色が評価されていたことが窺われます。
琉球王家の紅型衣裳の図案については絵師が関わり、王府の管理のもと、士族の資格を与えられた紺屋が型地紙を彫り染色を行いました。素材となる布地や顔料は最上のものが用いられ、龍や鳳凰など中国の王権を象徴する模様や、枝垂桜や菖蒲、雪輪や雪持笹など日本の自然風物が表されています。珍しい外国の模様や風物を衣裳とすることで、王家の権威を示したものとみられています。
紅型とは模様の「かたち」を作り出すために糊防染を行い、顔料や染料で「いろ」を染める、琉球で育まれた技法を示す名称です。この技法を示すと思われる古い名称は「形付(カタチツキ)」で康煕31年(1692)の『向姓家譜(しょうせいかふ)』に見出すことができます。王朝末期には「美形」の表記が見られ、「ビンガタ」に近い呼び方がされていたようです。「紅型」の名称については諸説ありましたが、「紅」は赤色単色を示すのではなく、色の総称として使われ、「型」は型染のみに限定するのではなく、「形」すなわち模様を意味すると理解されるようになっています。鮮やかな色合いは、亜熱帯の強い陽射しに対応出来る顔料を主に用いているためで、まさに気候風土により生み出された「いろ」いえます。顔料の多くは周辺地域からもたらされ、題材とされる模様も同じく周辺地域の影響が見られます。様々な要素を合わせて、紅型は琉球の「いろ」と「かたち」へと昇華され、人々を魅了してきたのです。
紅型には型紙を用いた型染のほかに、円錐状の袋に入れた米糊を絞り出して模様を描き、地染めを施す「筒描」という技法があります。米糊を防染剤とすることは同じですが、フリーハンドで描かれた模様は、紅型よりさらに大らかな雰囲気に溢れています。筒描の風呂敷の多くは、一部に型染が併用されています。フリーハンドと型染の模様が違和感なく溶け込む様子から、手彫りの型紙の線の柔らかさを確認することができます。
型染絵の人間国宝芹澤銈介は、昭和3年(1928)、上野で開催された博覧会で琉球の風呂敷に出合い紅型を追い求めることになります。「ふしぎな美しいキレ」と賞した紅型について、芹澤はまた別の機会に「こうした図柄をなんでもなく、生みだしてくる力の存在をおもうとき、わたしはその伝統と言うものの力の大きさに恐ろしくさえなってくる」という感想を述べています。
慶長16年(1611)、名古屋創業の松坂屋は、長い歴史に培われた伝統に加え、新たなデザインの研究と開発を目的として、昭和6年(1931)より染織資料の蒐集をはじめました。能装束や小袖などを中心に日本の衣生活を知ることができる貴重な内容を擁し、その多彩な資料の中に、琉球の染織品が含まれています。その多くはかつて洋画家・岡田三郎助(1869-1939)により蒐集されたものです。岡田三郎助の紅型への関心は高く、展覧会への出品や紅型の作品集の制作にも関わっています。蒐集作品は昭和9年(1934)に松坂屋に収蔵され、戦後においては今回が初公開となります。画家の眼を通して集められたコレクションとしても興味深い内容といえ、さらに今までにない新たな模様を含んでおり、紅型染色の意匠の広がりを見ることが出来ます。
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