8月の暑い盛りに、美しい田園地帯が広がる富山県南砺市福野町でワールドミュージックの祭典「スキヤキ・ミーツ・ザ・ワールド」が開催される。1991年に町立の文化センター「ヘリオス」の看板事業として始まり2013年23回目を迎える。オープニング・ステージに始まり三日間、世界的アーティストを迎えての本格的なコンサート、アマチュアも歓迎の前庭でのパフォーマンス、会期前から各地で行われているワークショップ、アーティストインレジデンスなど、同時並行的に様々な楽しいプログラムが行われる。連続ワークショップを受ければ、ミュージシャンと市民の距離は自然と近くなる。その上オープニング・ステージでプロと一緒に舞台出演も可能である。「スキヤキ・ミーツ・ザ・ワールド」は音楽のイベントというだけでなく、「世界と交流する」という大きな目的を持った市民参加型フェスティバルなのだ。そして地域の文化に育てる知恵は、変化を続けることによって次の世代に引き継がれようとしている。
最初にこの企画を手がけたのは、ヘリオスの立ち上げから14年間関わった町教育委員会の米田聡さん(現南砺市交流観光まちづくり課課長)である。当時の町長からは「10年はやってくれ」と言われたそうだ。仕事としては離れた今も三日間はボランティアとして参加している。
米田さんはプロデューサーとして、招聘した演奏家による学校への出前授業を行い、小学校にスティールドラムのクラブや、ワークショップから
自前の市民オーケストラ「スキヤキ・ティール・オーケストラ」を誕生させるなど、着実に市民の中に浸透させていった。
米田さんの次にプロデューサーになったリバレ・ニコラさんは米田さんから引き継いだものを一歩進め、海外のアーティストを直接招聘する仕組みを作り、招聘したアーティストを東京で紹介する「スキヤキ・トーキョー」を始めるなど、精力的な活動を続けている。
一方、市民に向けての企画も増え続けている。地元の老若男女が夏祭り気分で参加する植物園を会場にした「フローラルステージ」、商工会青年部と共同運営する駅から会場までのワールドミュージックのアーティストに加え市民も参加する「スキヤキパレード」、2010年には20周年を記念して市内各地をコンサートが回る「スキヤキキャラバン」、今年は福野以外でのワークショップにも力を入れるなど、市民に親しんでもらうための企画が目白押しである。
一つひとつのイベントの成功がゴールではない。むしろ次々と新しい試みをすることを原動力に、「スキヤキ・ミーツ・ザ・ワールド」は進化を続けているのである。
「スキヤキ・ミーツ・ザ・ワールド」を支えるのはヘリオスの職員と地域内外の沢山のボランティアや学校の授業の一環で参加するインターンシップの若者たちである。それを束ねるのが実行委員会である。運営はコンサート部会とアメニティ部会、そしてその下に会場別の実働部隊である班、という機動的な仕組みである。班は、場所の準備から会場設営、観客誘導からもぎりまでそれぞれが完結する形で担当する。詳しいマニュアルなどは存在せずに、その年の担当者が前例を勉強しつつ、体制やメンバーに合うように臨機応変に運用しているとのことだ。
六代目実行委員長である橋本正俊さんは、裾野を広げるための新しい企画を次々と実行してきた立役者でもある。良いアイデアも実行するには様々なハードルがある。大変なことも多いが、その大変さが達成感や仲間意識を醸成する。「しんどいことを一緒にやった人が残って、今も活動している」とは橋本さんの言葉である。
一方で、以前はエンドレスに近かった会議も時間を区切ってやるようになり、ボランティアの仕事も完結型で、自分の持ち場の仕事が終われば自分自身も観客となって楽しむことが出来るなど、参加しやすい工夫が随所にある。
ベテランのボランティアスタッフの三浦美智代さんと西頭美緒さんに話を聞いた。「自分の思ったことを自由に発言できて、普段の仕事ではなかなか体験できないことが出来る」というのが二人の共通の認識だ。ボランティアとはいっても言われたことをただやるわけではない。責任は重く、自分の目で状況を見て、判断することが必要になる。責任ある仕事を任される、その本気度も魅力かもしれない。
立ち上げの頃から一緒に苦労した人たちが中核となって運営している一方で、インターンとして体験し、スタッフに加わったという若い世代もいる。また近隣の市町村だけでなく、遠くからボランティアとして参加する人たちも増え、広がりを見せている。
市民参加型の音楽祭の大きな目的は人づくりであり、交流である。実行委員会はいつもその基本に立ち返り、見直しを行う。また成功した企画でも皆が疲弊するようなら撤退するなど潔さもある。意見の違いはあっても、目的とするところの共通理解があれば、軌道修正しながら進めることができる。ヘリオスの職員とボランティアとの分担も、長年の協力関係から自然に出来上がっている。そのチームワークが絶妙である。
これからも「スキヤキ・ミーツ・ザ・ワールド」はきっと進化し続けていくだろう。ヘリオススタッフで市の職員の竹田千亜希さんは、「もっと多くの市民の方にスキヤキ・ミーツ・ザ・ワールドを知ってもらい、楽しんでもらいたい。そのための工夫をしたい」と意欲的だ。リバレさんは「ワークショップやレジデンスを大事にし、南砺だからこそ出来る音楽を一緒に作りたい」と夢を語る。この地で生まれ、多くの人の手によって育んできた文化は、これからもより多くの人を巻き込みながら、成長を続けていくだろう。
公共施設である「ヘリオス」に指定管理者制度を導入しよういう動きがあると聞いた。時間をかけて育ててきた人の関わりや市民文化が、守られ、これからも育っていくことを願うばかりである。
2013年7月取材:佐藤友美子