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第3回
【千葉県・香取市】佐原囃子保存会「伝統を現代に」詳しくはこちら 動画はこちら

佐原のまちは、利根川水運の拠点として江戸時代に栄えた。ここで夏と秋に開かれる「佐原の大祭」では、独特の祭り囃子「佐原囃子」が受け継がれている。祭り囃子というと、メロディーがなく一定のリズムを繰り返すものが連想される。しかし佐原囃子には40曲以上もレパートリーがあり、民謡や昔の流行歌を取り入れたものなど、情緒的で複雑なメロディーが特徴だ。  演奏するのは、「下座連」とよばれる演奏グループである。下座連には様々な年代がいて、高い演奏技術が若い世代にも受け継がれている。その様子から、佐原囃子の伝承はうまく続けられてきて、今後も安泰のように思われる。しかしそこには危機を乗り越えた歴史があり、さらに現状に甘んじることなく「音」にこだわって伝承を深めていこうとする動きもある。

危機を乗り越えて

第二次世界大戦後、佐原囃子は消滅の危機に瀕した。下座連に入る若者が激減してしまったのだ。そのとき伝統を絶やすまいと地域の人たちが尽力し、口承だった多くの曲を譜面化した。そうした先人たちの努力もあって保存の機運が高まり、1959年には「佐原囃子保存会」が発足した。その後、地域全体で佐原囃子の保存・継承に取り組んでいる。
 40年ほど前からは、地元の小中学校や高校のクラブでも佐原囃子の指導を行っている。この経験者が下座連に入る流れも定着した。今では22の下座連が佐原囃子保存会に所属し、約400人が活動を続ける。下座連の指導者たちは若手にはやくから重要な楽器を任せて活躍の場を与え、若手も互いに競い切磋琢磨し合っている。全体の稽古量が増えたこ

手書きの譜面(1947年)、佐原囃子保存会会長 廣川邦男さん

とで、演奏技術は格段に進歩したという。さらに若手を中心に、良い音を奏でるための楽器の研究も進めているそうだ。佐原囃子保存会会長の廣川邦男さんは、少子高齢化や佐原の人口減少など、将来の不安もあるが、質の高い担い手の確保という点でひとまず安定しているという。
 近年も佐原囃子が好きな人たちが新しい下座連を立ち上げるなど、佐原囃子に関わる人たちは増加している。佐原囃子は危機を乗り越えて、佐原のまちと人々にとって大きな存在となっている。

「味のある音色」を求めて

佐原囃子を支える人が増えた一方、下座連の顔とも言われる「砂切(さんぎり)」という曲に変化が起きている。砂切は山車の出発や帰着の時に演奏される儀式曲だ。佐原囃子の曲は、下座連によって流派や表現に違いがあるが、砂切は一つの下座連に一つしかなく、もっとも個性が表れる特別な曲である。かつては祭りで山車が一同に会した時に、様々な下座連の砂切を聴くのを楽しみにしていた人もいた。

歴史的にみると、下座連は佐原市域に隣接する町や利根川対岸の茨城県の市町村にまで広がる農村集落にあり、山車を持つ町内会がそれぞれ依頼して祭によんでいた。そうした農村集落の下座連には独特の砂切が伝えられていたという。しかし多くが戦後解散に追い込まれた。譜面化も代表的な下座連のみにとどまり、小中高のクラブでもその譜面を使っているため、若い世代をはじめ多くの人にとって、砂切といえばそれだけとしか認識されなくなってしまった。

佐原囃子の譜面化に尽力した祖父をはじめ、佐原囃子に縁の深い家に生まれ育ち、現在保存会事務局長を務める菅井康太郎さんは、2002年頃、1974年(昭和49年)の演奏テープを聴き、古くから伝わる砂切に衝撃を受けた。そこには現在聴く事のできない珍しい砂切や、今とは違う絶妙なテンポ感、上手い下手ではない「味のある音色」があったと菅井さんは言う。菅井さんはこの音をなんとか残せないかと、演奏者が存命の10数団体の農村集落を訪ね、消滅した砂切の「復興」に取り掛かった。

菅井康太郎さん(右)と岡澤一明さん(左) 砂切を録音していた「佐原囃子マニア」の岡澤さん。菅井さんら仲間と砂切だけを演奏するグループも作っている。

「忘れた」とやる気をなくしていた古老のもとに、時には太鼓や笛を持参してメロディーを聞き出した。そして20年以上楽器に触れていなかった人たちに、演奏会まで実現させた。地域の人たちは久しぶりに聴くなじみのメロディーの復活を喜んだそうだ。  またこの時の録音と昔のテープをあわせてCD化し、500枚作って発売したところ、わずか2週間で完売した。現状を否定しないかと不安もあったが、先人への敬意が多くの人に伝わったことが嬉しかったという。

さらに菅井さんは各下座連の歴史や、いつどの山車にどこの下座連が乗ったのかなど、祭りにかかわる詳細な「年番(ねんばん)記録」の集成にも取り組んでいる。祭りや囃子への関心が高まっている今だからこそ、歴史にも興味が広がるチャンスがある。佐原囃子の形だけでなく「心」まで伝えていくために、先人たちの積み上げた歴史の上に自分たちがいると知ってもらいたいと菅井さんは使命感を持っている。

伝統を現代に

砂切の復興を機に、菅井さんは佐原囃子の記録を「ライフワーク」と考えるようになった。学生時代は洋楽に夢中でお祭りは楽しむ程度、下座連にも入っていなかったが、今では記録を残すのは「私だからできること」と情熱を傾ける。保存会会長の廣川さんも、文楽や邦楽のプロの解説付き公演と佐原囃子を組み合わせたイベントなどを企画した実績があり、新しい試みに積極的だ。皆、佐原囃子の魅力の追求に暇がない。文化を単に保存していくのではなく、現代に生きるそれぞれの思いとこだわりで掘り下げていくことで、広がりと深みを持たせている。「伝統を現代に活かす」、佐原囃子はまさにその最中にあることを実感できる。

2013年3月取材:高嶋麻衣子

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