成果報告
2023年度
前近代日本における廃墟の文化史
- 立正大学文学部 教授
- 渡邉 裕美子
ヨーロッパにおいては、16世紀半ば以降、古代の廃墟に対する関心が高まり、廃墟論にも一定の蓄積がなされてきた。一方、日本には何世紀にもわたって崩壊する姿をさらし続ける西洋諸国の古代遺跡に相当する建造物跡はまれであり、従来、時代・分野を超えた大きな視点から日本における廃墟が論じられることはなかった。しかし、日本文化の様相に沿った視点で「廃墟」という概念を捉え返せば、前近代の文学や芸術における廃墟的な表象を豊富に見出すことができる。特に、古代・中世の日本では、戦乱や自然災害に起因する大規模な廃墟が繰り返し出現した。それらは、文学・芸能・美術の題材として確かな痕跡をとどめており、分野横断的な検証を通じて、日本における体系的廃墟論の基盤を構築することができるはずである。
以上のような問題意識を共有して、2019年に専門分野の異なる7名で組織された共同研究をスタートし、2020年度採択の科学研究費助成研究を通じて調査・分析を進め、2023年8月から、本助成を受け、前研究課題の成果を継承・発展させる研究活動を継続中である。
以下、研究成果および今後の活動計画について述べる。助成期間中の最も大きな成果は、1)神奈川県立金沢文庫特別展「廃墟とイメージ―憧憬、復興、文化の生成の場としての廃墟―」(2023年9月29日~11月26日)の展示図録への寄稿と連続講演会で、この件は中間報告会でも申し述べた。その後、2)南都(奈良)の寺院史跡のエクスカーションを行い、今後につながる成果を得た。現在、3)アジア遊学『廃墟の文化史』の刊行準備が整い(10月刊行予定)、4)国際シンポジウム「東西比較を通じた廃墟の文化史」(2024年10月31日、於東京大学)の計画も具体化して準備を進めている。また、2)に関連して国際研究集会を構想中である。
活動を通して明らかになってきたのは、廃墟表象が単にノスタルジーといった視線から、現実をそのまま写し取って生み出されているわけではない、ということである。その知見を踏まえて、具体的には、今後、以下のような論点を共有して研究を進めたい。
❶廃墟を生み出すメカニズム:文学や芸術においては、災害や戦乱といった廃墟を生み出す要因が時に増幅、脚色、理想化といった潤色を加えられて表現される。本共同研究では、そこにいかなる思想や概念が投影されているのかという観点から追及する。
❷廃墟を内包する社会と文化:眼前に存在する廃墟を、日本人はいかに咀嚼し内在化させ、文学や芸術に昇華してきたのか。廃墟表象によって担われた現実の補完という機能を明らかにし、廃墟と共に生きる人々の姿を探求する。
❸廃墟からの復興:廃墟の文学や芸術は、あるべき理想世界の鏡像でもある。廃墟という場所から、前近代の日本人はいかなる社会・文化を構想し復興しようとしたのか。廃墟表象に内在する希望や祈りを掬い取り、現代社会における諸課題へも接続することを目指す。
2024年9月