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研究助成

成果報告

研究助成「学問の未来を拓く」

2023年度

退屈の進化心理学:ヒトと動物のウェルビーイング向上に向けて

京都市動物園生き物・学び・研究センター 主席研究員
山梨 裕美

 我々ヒトに退屈は必要なのか。ヒトは精神的な没頭を追求する生き物で、退屈は苦痛に感じる。では、退屈が取り除かれたとしたら、ヒトのウェルビーイング(心身と社会的な健康)は向上するのだろうか。退屈の議論をヒト以外の動物に拡張し、その意義を進化心理学及びウェルビーイングの観点から明らかにすることを目的として、ヒトとヒト以外の動物の視点からいくつかの検討を行った。動物の行動学、ヒトの心理学を主な軸として、イギリスと日本において実施した。

〇退屈に関する先行研究の整理  退屈という定義がひとつには定まらないことが、ヒトと動物の比較を困難にする要因にはなるものの、「精神的な能力を傾注したいのに、できずに心が空虚になったときに起きる状態(Eastwood et al., 2012)」がよく使われており、動物にも適用しやすいものである。退屈は、外的な環境により引き起こされるものと、内的に引き起こされるものがあり、さらにいくつかのサブタイプにわけられる(Meagher, 2019)。外的な要因としては、飼育下の動物が定住生活を余儀なくされることや、決まった時間に起こりうるイベントの存在、飼育環境の刺激の不足などヒトにおける退屈を生み出す要素と共通するものが考えらえる。内的に引き起こされるものの中には、人生の目的や意義が見いだせないことによるヒトにおいては最もシビアな退屈ともいえるものがあるが、動物に当てはめることは難しい。一方で、刺激の質や量がその個体に合っていないため十分な注意を払うことができない状況は共通しうるものとして捉えられる(Meagher and Robbins, 2021)。動物の退屈の評価指標として、時間感覚、常同行動、生物学的に無意味なものに対する反応といった行動学的指標や自律神経系の測定が提案されている(Burn, 2017)。しかし、これまで動物を対象とした研究は少なく、哺乳類に限られている。また、退屈の感情の普遍性や動物の退屈を人がどう捉えるかということについては研究がされていない。そこで下記の通りの検討を行った。

〇動物を対象とした実験的研究  退屈はどの分類群にまで想定できるのだろうか?何らかの期待がある場面を創出することと、生物学的に無意味な刺激への反応の測定という2つの視点で、ゾウ、リクガメ、ヘビを対象とした行動実験とその解析を行った。解析は終わってはおらず、また個体差などはあるものの、ゾウやリクガメにおいては、食べ物が得られるタイミングが予測可能であるかどうかで行動が変わることがわかってきた。また、ヘビも生物学的に無意味な刺激に探索行動を示すことが明らかとなった。しかし、行動だけでは解釈が難しい部分もあるため、行動に加え、リクガメやゴリラなど複数の種での心拍測定の馴致や測定を行っている。

〇人の認識に関する研究  退屈は人においては普遍性があるのだろうか?また、動物の退屈の認識にも普遍性があるのだろうか?退屈になった時の人の行動や動物における退屈の認識について、イギリスと日本での調査を行うために、本研究グループメンバーに加えてサマンサ・ワード氏(ノッティンガムトレント大学)とディスカッションを行った。現在、アンケートの設計を行っており、2か国でのアンケートを実施する予定である。
 以上、まだ結果が出ていないものも多いが、複数動物種の行動解析や人の調査を行い、認知機能との関連を検討することでヒトや動物のウェルビーイングについて進化的観点を含めて考察していきたい。

2024年9月