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研究助成

成果報告

研究助成「学問の未来を拓く」

2023年度

世界文化遺産保護のための「オーセンティシティ」概念の再構築―「本物」の判断基準に関する学際的研究―

帝京大学文化財研究所 講師
山田 大樹

[研究概要]
 本研究のテーマは、文化遺産における「本物」とは何かを考えることである。現存する文化遺産は、これまで棄損や修復等の変化を経て受け継がれてきたものであるが、震災後に大部分が再建された場合や、時代と共に価値観が大きく変化した時に、以前と変わらず「本物」であるといえるのかは判断が難しい問題である。奈良文書(1994年)は、文化遺産における「本物」の判断基準となる「オーセンティシティ」に関する国際文書であり、そこでは、文化遺産の価値は物質的な側面以外にも精神性などの非物質的な側面によっても判断されることが示された。奈良文書は、各国ごとの文化的文脈によって多様な「オーセンティシティ」がありうることを示した一方で、遺産所有国の人々が「本物」であると考えれば「本物」であるかのような誤解を生じさせることもあった。この「オーセンティシティ」の解釈の問題は、現在も世界中の文化遺産保護関係者の頭を悩ませ、文化遺産保護の実務の現場で喫緊の課題となっている。
 「オーセンティシティ」は主に建築遺産や考古遺跡を対象に定義づけられてきたが、現在では、観光や気候変動の影響により変容した文化的景観や、内戦や災害等によって破壊された歴史的都市は「本物であり続けている」といえるかという問題も生じている。さらに、仮想現実、AI、NFT、クローン等の急速な技術の発展により、そもそもの「本物」の定義が曖昧になってきている。そこで、本研究では、文化遺産における「本物」と「オーセンティシティ」について学際的に議論した。

[新たに得られた知見]
・文化遺産修復保護に関する国際憲章におけるオーセンティシティの記述の整理と変遷
・世界遺産制度における「オーセンティシティ」の位置付け
・被災文化遺産の修復を通じた西洋-東洋の「オーセンティシティ」の共通理解への兆し
・現地視察を通じた文化遺産と観光における「オーセンティシティ」の考え方との大きなズレの確認
・デジタル技術における「オーセンティシティ」の議論の前線

[研究成果]
 以下の5回分のオーセンティシティに関する研究会議記録集をICOMOSのHP上に公開した。
山田大樹編『オーセンティシティに関する連続研究会記録集』日本イコモス国内委員会EP常置委員会、日本イコモスHPに掲載(第3回には武藤・桑原、第4回には八並、第5回には桑原が企画または発表者として加わっている)
第1回「世界遺産の実務におけるオーセンティシティとインテグリティ」, 2024年4月
第2回「被災文化遺産を通してオーセンティシティを考える」2024年4月
第3回「文化観光におけるオーセンティシティとインタープリテーション」2024年6月
第4回「デジタル時代における文化遺産のオーセンティシティ」2024年7月
第5回「無形文化遺産(和菓子)のオーセンティシティから考える」2024年7月
さらに5月に開催した「観光から考える京都らしさ」に関する研究会記録集も近日公開する予定である。また、学術研究論文2編の投稿を行った。
•YATSUNAMI, R. "A Consideration on Digital Information of Cultural Heritage for Authenticity Management", The Gdańsk Journal of East Asian Studies , No.25 (special issue: Cultural Heritage Law and Protection in Asia), 2024.
•山田大樹「『世界遺産条約履行のための作業指針』におけるオーセンティシティに関する記述の変遷経緯-オーセンティシティの属性とその扱いに注目して-」日本建築学会大会学術梗概集,2024年8月

[今後の課題]
オーセンティシティの概念自体が変化するものである以上、多角的な検討は今後も続けていく必要がある。2025年1月に群馬県で開催予定のオーセンティシティに関する国際会議の中でさらに議論を深める予定である。

2024年9月