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研究助成

成果報告

研究助成「学問の未来を拓く」

2023年度

先史日本列島における人獣共通感染症の発生

奈良女子大学研究院人文科学系 教授
宮路 淳子

 本研究は、日本列島で弥生時代と古墳時代に人獣共通感染症が発生した可能性を、1)動物考古学的所見、2)考古学的遺跡、遺物の考古学的再検討、3)出土人骨および動物骨の古代ゲノム解析およびタンパク質質量分析による病原体の検出、から示すことを目的として実施した。古感染症の研究は、国内外においてこれまで寄生虫卵の存否および人骨の形態異状をもたらすような結核などの病気を中心に進められてきたが、分析技術ならびに手法論の欠如から、考古学的研究は少なかった。しかし2020年代に入り、キルギス共和国で1300年代に埋葬された遺体の歯髄から黒死病の原因であるペスト菌のDNAが検出された研究(Spyrou M. A. et al. Nature 2022)や、紀元600年頃の人骨から天然痘のウイルスのDNAが検出された報告例(Mühlemann B. et al. Science 2020)、また、1731年~1838年頃の遺体から結核菌に由来するタンパク質断片が検出された報告例(Hendy J. et al. Sci. Ad. 2021)などが発表され、世界的には、実現可能な研究対象として認識され始めている。日本においては遺跡の出土資料から古感染症の痕跡となる微生物のDNAやタンパク質を検出した例はこれまでほとんどなかったので、日本列島においても古感染症の研究を開始させることができるのではないかと考古学、人類学(形態・古代ゲノム)、化学(古代プロテオミクス)という学際的なメンバーとともに研究を開始した。
 研究目的の1)、2)については日本列島における弥生・古墳時代の遺跡調査から感染症を想起させるような発掘事例を抽出し、当初の目標を達成することができた。特に南方遺跡(弥生時代、岡山県岡山市)、纒向遺跡(弥生時代末〜古墳時代初め、奈良県桜井市)などは、当該時期の各地域における拠点的集落であり人の集住が想定されたため集中的に分析を行なった。本研究期間中に挙げられた成果は、南方遺跡においては、人骨と動物遺存体(イノシシ属)の近接した埋没状況、そこからそれぞれが摂取していた食餌内容、纒向遺跡においては、集住と密接な環境を持つと考えられるチャバネゴキブリの発見、である。3)については抽出の試行錯誤中であり、結果を出すところまでは至らなかった。しかし、人が集まって住むようになることで動物との関わりがそれまでとは違う形になり、そのことが感染症の発生にも繋がるという見通しを得ることができた。
 今後に残された課題は、DNAやタンパク質に加えて安定同位体分析を人骨と動物遺存体の双方で行い、人と動物の関わり方をより具体的に提示し、人獣に共通する感染症の発生を明らかにしていくことである。
 目標としていた研究のゴールまで辿り着くことはできなかったが、助成期間中にはチャレンジングな研究に取り組むことができ、尚且つ今後の展望を得ることができた。韓国へも訪問し、国際共同研究を始めることができるようになり同時期の韓半島との比較も可能となったことも、今後の研究を支える大きな礎となった。我々研究チームは日本においても必ず古感染症の研究分野で成果を上げることができる、その確信を得るに至ったことは何者にも変え難い成果であった。本研究によって、先史日本列島における感染症研究は必ず進展させることができる。中間発表時に研究の方向性と基礎部分の成果について励ましていただき、温かく支えてくださった貴財団および本研究助成に心より感謝申し上げる。

2024年9月