成果報告
2023年度
「伝統素材・技法×3D技術」による民族絵画への触覚的アプローチ
- 筑波大学芸術系 助教
- 宮坂 慎司
1.研究目的・概要
本研究は、3Dデジタル技術を活用し、「触れる鑑賞」の質向上に繋がる触察資料の提案を試みた上で、芸術分野におけるアクセシビリティ向上に寄与することを目的としている。研究に際しては、視覚に障害のある研究者と協働しながらプロジェクトを展開し、平面・立体といった表現法ごとに触察資料の適切な形式を考察した上で、実際に3Dモデルの作成と出力を行い検証する。資料化のターゲットとしては、国立民族学博物館収蔵資料を始め、美術史上で位置付けられる絵画作品を対象としている。研究を通して、「認識」を主たる目的とした既存の資料を超えて「鑑賞」のレベルで作用しうる「触れ心地のよいユニバーサルな触覚的資料」の提起を試みる。
2.新たに得られた知見および成果
視覚に障害のある人の立場から平面と立体の関係性を捉え直すため、下記の平面作品の資料化に取り組んだ。
①妖怪画, 柳生忠平作(現代作家), 個人蔵
②白澤(粉本), 作者不詳, 紙本墨図, 大川市立清力美術館蔵
③精霊(樹皮画, H0140387), 作者不詳(オーストラリア・アボリジニ), 国立民族学博物館蔵
④蚊の創造(シルクスクリーン, H0144824), Walter Harris(カナダ・ツィムシァン), 国立民族学博物館蔵
⑤獅子(鳥獣人物戯画乙巻), 伝鳥羽僧正覚猷筆, 紙本墨画, 栂尾山高山寺蔵
⑥凱風快晴(冨嶽三十六景), 葛飾北斎, 大判錦絵, すみだ北斎美術館ほか
⑦京都 鵺 大尾(木曽街道六十九次之内),歌川国芳, 大判錦絵, 中山道広重美術館ほか
⑧龍(鳥獣人物戯画乙巻), 伝鳥羽僧正覚猷筆, 紙本墨画, 栂尾山高山寺蔵
平面的な表現はそれ自体が視覚に依拠するものであり、そのものに凹凸を与えるだけでは視覚経験の無い人間にとって理解に至るのが難しい。そこで、本実践では段階的に触察を行うことを基本方針とし、鑑賞を2ステップに分ける資料作成を試みた。ステップ1では可能な限り資料制作者の主観を排して、オリジナルから機械的につくられたレリーフ状資料に触れる鑑賞とし、ステップ2では、平面資料から起こした立体あるいは関係する資料を触れることでイメージを補完していく。鑑賞実践を通して、下記が示唆された。
・平面・立体を行き来する触察は、鑑賞における認識(特に空間感受)に有益に働く
・解説を伴わず認識に至ることのできる資料は鑑賞者の能動性を導く
・立体資料に関しては、作品の中心的題材のみを抽出するだけでも画面構成の認識に有益に働く
・出力材(3Dプリントフィラメント)により触察自体の質が変化する
・作家による表層の仕上げが、触れる鑑賞の質を向上させる
・触れる鑑賞は視覚に障害のある鑑賞者のみならず、晴眼者の鑑賞においても有益に働く
3.今後の展開
絵画資料には様々な表現のものがある。中でも、明確な輪郭をもたない作例や、量感豊かな描画の資料化は継続的な課題となっており、場合分けを行いながら資料数を増やしていく。また、触れる資料作製に際して、規模の大きいもの(建造物や風景を描いた作品)の資料化ではドローンによる撮影が有用であり、その実践数を増やしていきたい。資料化に際してはこれまで、木質フィラメントによる出力を主としてきたが、繰り返しの触れる鑑賞では強度面においてはハードルがある。現在、金属3Dプリントによる資料の3D出力を試行しているが、芸術作品特有の形状の再現には至っておらず、常設を想定した資料作成に関しては継続課題とする。触れる鑑賞論の構築にあたっては、鑑賞者の動き(腕や手の速度及び加速度)に焦点を当て、触察及び鑑賞経験の差の表れを検討していく。
研究メンバー
宮坂 慎司 (筑波大学芸術系)
武本 大志 (東京福祉大学)
江村 忠彦 (多摩美術大学)
McLeod Gary(筑波大学芸術系)
川島 史也 (筑波大学芸術系)
半田 こづえ(明治学院大学)
広瀬 浩二郎(国立民族学博物館)
柳生 忠平 (日本画家)
床田 明夫 (造形作家)
厚見 慶 (建築デザイナー)
※現職:筑波大学芸術系 准教授
2024年9月