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研究助成

成果報告

研究助成「学問の未来を拓く」

2023年度

排泄の自然誌を編む:ヒトと非ヒト動物の排泄行動の比較から始めるSDGs

信州大学理学部 助教
松本 卓也

研究の進捗および成果発表
 2015年9月の国連総会で策定された国際社会全体の2030年に向けた持続可能な開発目標(SDGs)のうち、6番目に位置付けられるのが「安全な水とトイレを世界中に」である。2022年の時点で、充分な排泄物の処理施設を持たない人の割合は19%であり、いまだに4.1億もの人が野外排泄を行っているのが現状である。初年度の研究課題では、ヒトおよび野生動物の排泄に関する研究と発展途上国へのトイレ普及に携わってきたメンバーが集い、「ヒト(ホモ・サピエンス)にとって排泄とは何か」という原初的な問いに基づき、フィールドワークを通して得た「すべての生物に排泄の(ゆるやかな)規則がある」という気付きを経て、ヒトの排泄行動を進化生物学の観点から相対化することの意義を強く見出した。そこで、継続年度である今年度は、霊長類だけではなく動物全体に研究対象を拡張することによって、ヒトの排泄行動およびトイレ研究に進化生物学の概念の導入を試み、 SDGs目標6の達成(あるいは脱構築)に向けた全く新しいストーリーを拓くことを目的とした。

 本研究課題が採択された2023年8月1日から2024年7月31日までの間に、研究メンバーはそれぞれ日本(地獄谷および上高地のニホンザル)・タンザニア(マハレ山塊国立公園のチンパンジー)・ウガンダ(カリンズ森林保護区のオナガザル)・カメルーン(狩猟採集民バカ・ピグミー)等におけるフィールドワークに従事した。また、2024年2月10日には、研究メンバー全員が信州に集まり、第2回「排泄の自然誌を編む研究会」公開シンポジウム『出すことと出たものへのまなざし』を開催した。ゴリラの研究者である山極寿一氏をはじめ、霊長類、昆虫、ヒトを対象にするフィールドワーカーが集い、各種の排泄にまつわる知見を提示しながら一般参加者を交えたディスカッションを行った。信州大学会場とオンラインのハイブリッドで実施し、のべ約120名が参加した。その後、出演者らは冬季上高地のニホンザルを観察し、魚食行動による寄生虫の影響や積雪地域での排泄行動等について議論した

研究で得られた知見
 研究代表者の研究グループが、上高地に生息するホンドギツネがニホンザルの排泄物を採食する行動を観察・記録し、捕食者–被捕食者とは別の種間関係が成り立っている可能性を示した。また、ニホンザルの排泄物中のDNA解析によって採食する昆虫叢を解明した。両者の研究成果を第40回霊長類学会大会にて発表し、後者の研究内容は最優秀ポスター発表賞を受賞した

今後の課題
 本研究課題では、当初、霊長類が集団社会生活を営むうえで必要な排泄行動の進化、衛生観念の進化の過程を探ることを試みた。そしてさらに、霊長類だけでなく動物全体にまで研究対象を拡張することによって、ヒトの排泄行動およびトイレ研究に進化の概念の導入を試み、 SDGs目標6の達成(あるいは脱構築)に向けた全く新しいストーリーを拓くことを目標としている。ただ、本研究期間内では種々の霊長類種のデータを蓄積するにとどまった。今後は、霊長類の排泄行動に関するデータを分析・種間比較をすること、そして霊長類以外の動物の情報を博物学的に収集することを目指す。最終的な研究アウトプットとして、動物の排泄に関する論考を集めた書籍を「排泄の自然誌」として編纂・出版し、学問領域としての『総合排泄学』の創出を目標としたい。

2024年9月