成果報告
2023年度
「やわらか,やさしい」図書館を通した超高齢社会における図書館のユニバーサルサービスの構築と社会実装
- 筑波大学図書館情報メディア系 助教
- 武田 将季
1. 本研究の目的と概要
これまでも,公共図書館はユニバーサルサービスの提供を進めてきた.公共図書館におけるユニバーサルサービスとは,年齢や障害に関係なく,誰もが等しく図書館サービスを利用できるようにするための取り組みである.しかし,従来は主に身体障害者等を対象としてきたため,認知機能が低下した高齢者に対するユニバーサルサービスの提供が不十分であった.本研究では,情報工学,認知工学の知見から,高齢者の認知機能低下を補う仕組みを開発し,社会実装する.今後も高齢化が進む(認知症高齢者が増える)ことが予想される中,日本は高齢化率世界第一位でもあり,本研究が実装された場合,国際的なインパクトも大きいと思われる.
本研究では,「やわらか,やさしい」図書館の試行を通して,超高齢社会におけるユニバーサルサービス構築と社会実装を行う.具体的には,「やわらか,やさしい」図書館では,1)認知機能が低い高齢者であっても,必要な情報にアクセスし,入手できるような「やわらかな」利用感で,これらの人々にとって「やさしい」図書館を目指す.さらに,2)認知症の人やその家族が,必要な情報をためらうことなく入手できるだけでなく,認知症の人やその家族を「やさしく」支えるようなコミュニティの形成を,公共図書館から支えることを目指す.
2. 本研究における方法と得られた知見
本研究では,2023年9月から同年11月にかけて,村上市立中央図書館(新潟県村上市)およびつくば市立中央図書館(茨城県つくば市)において,認知症コーナー(認知症に関係する図書や雑誌の展示,また,地域包括支援センター等をはじめとした相談窓口の紹介,認知症に対する理解の促進を目的としたパネル展示)の設置および利用状況の分析,インタビュー等を実施した.その結果,認知症コーナーの提供者および享受者の両者ともに,認知症コーナーの設置前後では,認知症スティグマ(偏見)が低減されていることを明らかにした.
併せて,認知症共生社会の実現において図書館による情報発信が果たす役割を,認知症に関する知識と態度の関係から分析するための調査を実施した.結果としては,認知症に関する知識をより多く有することと,認知症への包摂的な態度を取ることには,一定の関連があることが確認された.そして,図書館における認知症に関する情報発信については,認知症について正しい知識を得ることや,認知症について考えるきっかけになると認識されていることが示された.また,公共図書館であることで,情報探索の容易性や心理的障壁の低さが評価されていることがわかった.すなわち,認知症の人やその家族が,必要な情報をためらうことなく入手できるだけでなく,これらの人々を「やさしく」支えるコミュニティの形成にとって,公共図書館は有用であると言える.
認知症に関する情報に限らず,超高齢社会を背景とした高齢者サービスの一環として,高齢者に関する情報(高齢者関連情報)の提供も進められている.その現状を明らかにするために,貸出状況調査やインタビュー等を行なった.結果,公共図書館で入手されている高齢者関連情報とは,加齢に伴う健康状態や人生観の変化に関連する情報であり,高齢者自らや家族,周囲の人々が高齢化しつつある50代以降の利用が多いことを明らかにした.公共図書館は従来から,高齢者の生涯学習拠点や居場所になるなど,生きがい創出に関わっているとされてきた.本研究から得られた知見をもとに,さらに「やわらか,やさしい」図書館の構築を加速する必要がある.
3. 今後の課題と展開
認知症の人やその家族,また,高齢者にとって図書館は欠かせない存在であることを明らかにした一方,これらの人々が公共図書館を使う上で困難を抱えていることも示した.今後は,情報工学や認知工学等の知見を援用することで,これらの人々によって「やわらかな」利用感の図書館を構築していく.現在,公共図書館における探索をより簡単に行えるようなシステムを構築した段階である.次なるステップとして,これを利用した社会実験等に取り組むことで,より一層,認知症の人,高齢者にとって使いやすい公共図書館を広めることを目指す.
2024年9月