サントリー文化財団トップ > 研究助成 > これまでの助成先 > 霊的景観 霊性との呼応が創出する景観の解明

研究助成

成果報告

研究助成「学問の未来を拓く」

2023年度

霊的景観 霊性との呼応が創出する景観の解明

芝浦工業大学建築学部 教授
清水 郁郎

1. 研究概要  本研究は、祖霊や神のような超自然的存在に関する観念や行為からなる「霊性」によって景観がどのように創出され、また景観と個人や集団とのあいだの持続的作用がいかに生じるのかを、ラオス深南部、カンボジア国境を流れるメコン川流域で実証的に探求する。景観を構成する建築物や自然環境、生態系をドローンや3Dスキャナー、3Dフォトグラメトリなどのデジタル技術を使って定量的、客観的に把握する一方で、参与観察やインタビューによる民族誌的資料から霊性に関わる人々の慣習的行為や宗教実践が空間的・物質的特徴と結びつく様態を微視的に探求する。異なるスケールの分析を統合し、精神性と物質からなる異種混交ネットワークの中で景観が創出されることを明らかにする。

2. 研究の進捗状況  現地調査①:2024年3月19日-27日。儀礼的ネットワークの中で物や景観がどのように立ち表れるのか、特定の景観がどのように維持、保存されているのかを調査した。
 現地調査②:2024年5月10日-17日。第2回目の浄化儀礼の参与観察とデータ収集、3D実測を実施した。

3. 主な成果 ・ヨードスラン・清水・中村・シハラート、発表、ICOMOS GA2023:Pau-Pop: Tradition Management System of the Riverfront Communities」(2024/8.31-9.9, シドニー)。
・清水、発表、科研新学術領域研究『出ユーラシアの統合的人類史学』「B01班民族誌調査に基づくニッチ構築メカニズムの解明」の「ニッチ構築」研究会:「ニッチ構築 物質世界の構築」(2023/12/3-4、北海道)。
・清水、書籍:「霊性との呼応から創出される景観 ラオス南部の水辺集落における浄化儀礼から考える」河合・松本・山本編『景観で考える 人類学と考古学からのアプローチ』臨川書店2024/1。
・清水・ヨードスラン・中村・シハラート、発表: The 14th International Symposium on Architectural Interchanges in Asia(Kyoto):How do the Human Mind and Things Interpenetrate? The Landscape of Southern Laos from the Architectural Anthropological perspective, 2024/9/10-13。

4. 研究で得られた知見 ・内的景観の創出:霊的な信仰体系は島嶼全体に広がり、個々の島々で景観を創出している。先住集団を祀る墓所や聖所、霊が祀られる森や池、丘、その棲家となる水田等が多くの島にある。これらの霊が憑依する女性霊媒が世襲的に出るのではなく、多くの島で順次出現するのも、これら霊的存在が島嶼全域に存在するためである。
・生態系の持続との関わり:浄化を担う霊が棲む森への侵入や伐採、儀礼で使われる池の周囲の樹木伐採、メコン川の汚濁は強く禁止される。この観点から、伝統的無形文化は景観や生態系を持続させる動力となる。
・霊的景観の持続的創出:ANT分析により日常のものや道具、場所が浄化儀礼において特別な意味を持つことを示した。完全な浄化のために儀礼は年に2回、3年間続けられ、浄化のために集まってきた多数のクライアントもこの地に3年間住むことになる。この地の人々は常に入れ替わる多数のクライアントと終生、持続的に暮らすことになる。霊的景観の創出は日常の中で進行し続けるのである。

5. 今後の課題  島嶼全域に広がる信仰体系の詳細な把握、とくに各島の霊的存在の名称、役割、位階等をさらに詳細に明らかにすること、各島に残る森や池、祭祀所等の景観要素のマッピング、デジタル技術を使った各島の景観の記録が今後の課題として残った。また、特定の意図の下に操作される景観(外的景観)の様態分析について、浄化儀礼が地域社会の政治や経済とどのように接合されるのか、SNS等のメディアでどのように喧伝されているのかを分析する必要がある。

2024年9月