成果報告
2023年度
戦前日本における体操の「動作」に関する歴史実証研究
- 北海道大学大学院教育学研究院 准教授
- 崎田 嘉寛
【研究の進捗状況】
本研究の目指すべき到達点は、日本における体操文化の歴史像を再構成することである。これまで、戦後において消散した戦前期の連続体操を、映像資料を中心として学術的に再現し、バイオメカニクスの手法を用いて定量的に分析することを試みてきた。このことで、日本人が連続体操を通じて身体的な「動き」をどのように改善・向上させてきたのかという一端を解明することに寄与した。一方で、これらの連続体操と戦前期において女子を中心に展開された舞踊(ダンス)を比較するための分析手法を開発し、日本における体操文化を多面的に評価することを試みている。
【成果】
主たる資料的成果として、1902年から東京府立第三高等女学校で伝統的に実施されている方舞「コチロン」に関する映像(駒場松桜会所蔵)と関連資料を発掘した。他方で、方法論的成果として、体操の動きを記譜(記述)する方法(Language of Physical Exercises:LOPE)を開発した。LOPEの開発にあたっては、舞踊・ダンス領域で考案・体系化されてきたノーテーションを検討し、Language of Dance(LOD)をベースとして、ラバノーテーションの要素を組み入れた。LOPE は、LOD の簡略化された記号を用いることで体操の動きとの親和性が高くなる一方で、ラバノーテーションの身体区分の要素を取り入れることで視認性と記号の可読性が向上したと考えている。
【新たに得られた知見】
まず、初代ラジオ体操第1と第2の動きの違いを再検証した。この結果、関節運動の運動方向ごとの合計PRM(各関節における関節運動の角度変位[最大角度から最小角度を差し引いた値]を関節可動域で除して100を乗じた実際に動いていた範囲の割合)を第1と第2で比較した場合、第2は第1と比較して動きの範囲が最大で1.6倍、広がった関節運動があることが明らかとなった。次に、初代ラジオ体操(第1・2)とコチロンをLOPEに基づいて記譜し、その動きを歴史的視点に基づいて比較した。前提として、LOPEから導出される数値は、バイオメカニクス的分析による数値と近似していた。そして、初代ラジオ体操第1・2と方舞コチロンを比較(呼間数・運動時間を規格化)した結果、後者の重心移動が顕著に多く、脚・体幹・首の動作が顕著に少なかったことが明らかとなった。
【今後の展開】
本研究では体操の「動き」を視点としてきたが、多様な領域を含む体育学において「動き」をどのように定義するかは、改めて検討する余地がある。体育史研究の視座から「動き」(動作)を捉えることで、戦前期の映像に収められているスポーツなどの複雑な動作を分析・検証する道を拓きたい。また、本研究で開発したLOPEの記譜から動きを顕現化する手法を開発し、動きの共有だけでなく、ホログラム等による視覚化に挑戦したい。
2024年9月