成果報告
2023年度
顧みられない熱帯病(NTDs)に対して、人文学は何ができるか?
- 立教大学経済学部 助教
- 菊池 美幸
1.研究の目的・概要
本研究は、歴史学が寄生虫学や国際保健学と共同し、NTDs対策の革新に貢献することを目的とする。20世紀後半の日本は、今日ではNTDsに分類される住血吸虫症やリンパ系フィラリア症、回虫症や鉤虫症などの寄生虫感染症を制圧した。その成果を踏まえ1997年には橋本龍太郎首相が「国際寄生虫戦略(橋本イニシアティブ)」を提唱し、国際的なNTDs対策の道を開いた。ただし、対策には地域の政治・経済・文化的背景などが深く関係するため、ある地域で成功した方法を別の地域に導入しても成功するとは限らない。また、COVID-19をめぐる中国のワクチン外交のように、医療協力は国際政治の課題となっている。本研究は、国際保健に地域研究の視点を取り入れ、日本の医療協力の成果と限界を検証しながら、現在のNTDs対策のあり方に対して、有益な知見を提供することを目的とする。
2.研究の進捗
上述した研究目的を達成するため、以下の課題を設定した。
(1) 日本が過去に行ってきた国際医療協力の政治的・国際関係的意義について、検証が不足している。そのため、分析に必要な資料の収集や当事者へのインタビュー調査を行う。
(2) 関係機関と協力・連携して収集した資料の整理・保存・管理を行う。
(3) NTDsという国際的課題は、日本社会では十分に認知されていないため、一般向けのカンファレンスや講演会などを通じて、NTDs対策の現状や日本のこれまでの活動について情報を発信する。
(1)~(3)の課題について、おおよそ当初の目的を達成しつつある。ただし(1)の当事者へのインタビューについては、対象者の都合により実施できなかった。また、(3)については、本助成期間終了後の2024年10月に実施予定である。
3.研究によって得られた知見および成果
久留米大学医学部の旧寄生虫学講座に残されていた資料を発掘し調査をおこなった。資料には、戦前の文献資料や、各大学の寄生虫学教室との交流を裏付ける資料なども含まれていた。同教室の資料やその他の文献などを含めて研究をすすめた結果、日本の寄生虫対策には、地域の住民・大学・行政の3者による連携が重要であったことが明らかになった。これらの成果の一部は、経営史学会西日本部会3月例会(2024年3月開催)で報告を行っている。また、2024年10月12日・13日に東京大学弥生キャンパスで開催される第83回日本寄生虫学会東日本支部大会・第75回日本衛生動物学会東日本支部大会において、市民向け公開講座を開催することが決定しており、NTDs対策の現状と課題について考える機会を設ける予定である。
4.今後の課題
研究の進捗状況で述べた(1)のうち、関係者へのインタビューについて実施できていない。そのため、別の関係者へのインタビューに変更し、調整を進めている。また、すでに確認した歴史資料については、今後、目録の作成や保存作業を行うとともに、一部の資料についてはデジタル化をすすめる。日本が過去に行ってきた寄生虫感染症対策に関する記録は、疾病そのものが過去のものとなり、近年では急速に失われつつある。日本の医療協力の成果と限界を検証する作業と並行して、歴史資料や当事者の記憶を保存するとともに、これらの資料を利用可能な状態にし、情報提供を行うことが今後の課題である。
2024年9月