成果報告
2023年度
SM研究:支配と暴力をめぐる欲望の歴史・文化・実践
- 福岡女子大学国際文理学部 准教授
- 河原 梓水
1.研究の目的
サドマゾヒズム・SMは、支配や暴力そのもの、あるいはこれらを介する関係を求める欲望であり、現代の規範的な主体のあり方とは対立的なものといえる。従ってSM研究とは、近現代社会における主体および親密な関係についての規範を再考する学問領域であり、重要な意義を持つ。本研究では、インタビューやフィールドワークによって現代のSM実践者の営みを射程に入れながら、歴史的事実をしっかりと積み上げ日本におけるSM文化の成立と展開を明らかにし、現代社会におけるその意義を問う。これを、日本にSM研究という学問分野を打ち立てるその一里塚として実施することを目的とする。
2.研究方法、得られた成果
前年に引き続き、インタビュー調査と、史料分析を基礎とする歴史学手法双方から実施した。その主な成果として、下記の2冊の書籍を刊行した。
(1)小西真理子『歪な愛の倫理 〈第三者〉は暴力関係にどう応じるべきか』(筑摩書房、2023年11月)
(2)河原梓水『SMの思想史 戦後日本における支配と暴力をめぐる夢と欲望』(青弓社、2024年5月)
(1)は、DVや虐待など、親密な人間の間で生じる暴力関係を論ずる本である。DV・虐待とSMは通常全く異なるものだが、歴史的には混同されてきた経緯があるため、本書のようなテーマにおいても論点となる。
(2)は歴史研究の成果であり、1950年代~60年代日本を対象に、性的マイノリティー当事者による読者投稿誌であった『奇譚クラブ』の記事分析を行なった。具体的には、権力関係を否定することが困難な関係における対等性、抑圧構造の維持にあたかも加担するかのような「悪しき」欲望を、いかに民主的・近代的社会のなかに包摂可能なものにしていくか、という課題に向き合ったサディスト・マゾヒストたちの主張や作品を検討、これを通じて、同意と対等性という、現代社会において疑われたことのない、「愛」と「暴力」を切り分ける規範を再考する視角を提示した。これに加えて、『奇譚クラブ』を含む1950年代に流行した性風俗雑誌7誌を全号通覧の上分析、基礎的な史料論を提供した。以上の成果は本研究の目的である、日本にSM研究という学問分野を打ち立てる一里塚としての役目を十分に果たすと考える。
3.課題と今後の予定
過去の商業SMシーンに関するインタビュー調査は、商業SM店に頻繁に通うことのできた経済力を持つ人々に行うこととなり、時代的にどうしても対象が男性に偏り、店も異性愛中心のものとなりがちという課題が浮上した。将来的には、ゲイ・レズビアン・トランスジェンダー等をテーマとする研究者との共同研究が必要となるだろう。
今後は、本年度および前年度に助成をいただいた成果をとりまとめ、大阪大学出版会より書籍として刊行する予定である。
2024年9月