成果報告
2023年度
上部旧石器文化の発生と旧人絶滅プロセスの解明:現生人類の存続要因を探る考古学主導の人類進化研究
- 名古屋大学博物館 教授
- 門脇 誠二
1. 研究の進捗状況
5万~3万年前に現生人類がユーラシアへ広域拡散した際に発達した上部旧石器文化の発生プロセスや適応性を明らかにするため、最初期の上部旧石器文化が見つかっているレヴァント地方(地中海東岸域)において遺跡調査を行った。2023年8月~9月に南ヨルダンへ渡航し、旧石器時代の遺跡を発掘した。また、遺跡周辺の水資源の調査も行い、当時の狩猟採集民の資源利用行動のデータとして記録した。採取した石器などの資料は日本へ輸送し、その整理と記録、分析を進めている。
2. 成果
遺跡調査:上部旧石器文化の発生前の遺跡(Tor Sabiha)に加えて、発生直後と思われる遺跡(Aswad Terrace)を新たに発見することができた。また、Tor Sabiha遺跡の周辺に、乾季でも水が湧く泉があることを確認できた。
遺物分析:石器の刃部獲得効率(石材から石器を作って刃部を得る効率性)や石材の加工しやすさに関する研究論文をNature Communications誌とJournal of Paleolithic Archaeology誌に発表した。動物骨に基づく狩猟行動に関する研究はPaleoanthropology Societyでポスター発表した。
3. 研究で得られた知見
上部旧石器初期の石器は、刃部獲得効率が以前の時期と変わらないことが明らかになった。その効率が上昇したのは、上部旧石器文化がより発達した後の時期ということが分かった。その時に利用が増加した石材は、より加工しやすい性質を持つことが分かった。また、上部旧石器以前の時期には、ウマなどの大型動物の狩猟がより多かったことが明らかになった。
4. 今後の課題
上部旧石器文化の発生期においてどのような技術や行動が現生人類の拡散と存続を助けたのかという点についてまだ明らかになっていない。今回の研究結果によると、石器以外の道具や行動の適応性を調べる必要がある。石器以外で重要だった行動として、海の貝殻という遠隔資源の調達が挙げられる。それが示唆するのは、資源獲得領域の拡大や他集団との交流ネットワークの発達である。石器技術のイノベーションの前に、居住移動や社会交流が変化していたという仮説を検証するため、今後も遺跡の発掘や年代測定、当時の古環境の復元研究などを進める予定である。
2024年9月