成果報告
2023年度
日本の大衆文化におけるヨーロッパ中世主義の受容と展開
- 東京都立大学人文社会学部 准教授
- 大貫 俊夫
本研究は、戦後日本の大衆文化におけるヨーロッパ中世主義の受容と展開の特徴について、中世ヨーロッパを専門とする歴史研究者と中世ファンタジーを題材とする大衆文化に精通している評論家・ゲーム作家が共同で明らかにしようとするものである。そもそも「中世主義 medievalism」という概念は、中世ヨーロッパに範を求める近代の運動を指すこともあれば、「中世は暗黒時代である」といったネガティヴな言説を指すこともあり、あるいはたんに小説・漫画・映画・ゲームで採用される中世ファンタジーも含まれることから、きわめて多義的な文化現象である。しかしそれでも、文化圏ごとに中世主義の発現の仕方には一定の傾向が認められ、ヨーロッパ、アメリカ、日本とで大きく異なることがわかってきた。
こうした近年の傾向を受け、日本版中世主義の特徴とその発現の仕方を明らかにするべく、研究メンバー6名(と研究協力者3名)はそれぞれの研究テーマに取組んだ。なお、研究メンバーのうち、前年度から継続して取り組んできた大貫、小宮、松本、白幡の個別研究の内容は前年度の報告を参照されたい。
今年度は、以下のオンラインセミナーを実施した。ここでは前年度の研究をさらに発展させ、新たな研究協力者とともにその研究成果を「中世主義研究会(MedievalismJP)」のYouTubeチャンネルで配信し、アーカイヴに残した。その内容は以下の通りである。
第1回「1970〜80年代の日本における中世受容とその知的背景」
日時:2024年7月27日(土) 19:00〜20:30
講師:大貫俊夫、岡和田晃
第2回「アーサー王伝説とニーベルンゲン伝説」
日時:2024年8月9日(金) 19:00〜20:30
講師:小宮真樹子、山本潤
第3回「日本における北欧神話・ヴァイキング文化の受容」
日時:2024年8月24日(土) 19:00〜20:30
講師:松本涼、健部伸明、小澤実
第4回「TRPGと軍事史─ゲームの中の戦士・騎士・傭兵・冒険者」
日時:2024年8月30日(金) 19:00〜20:30
講師:白幡俊輔、高梨俊一
これらのオンラインセミナーによって、これまで2年にわたり積み上げてきた研究成果を発表することができた。
本研究のもう一つの特徴的な研究手法は、研究者が中世を題材とする大衆文化を直接体験し、そこから中世的要素の受容のされ方を議論する、というものである。具体的には、TRPGの『モンセギュール 1244』、『クトゥルフ・ダークエイジ』、『ハーンマスター』をプレイし、それぞれの特徴を把握することができた。そしてこうした実践の上で、西洋中世学会の2024年度若手セミナー「TRPG で中世を語る・演じる・考える─『モンセギュール 1244』を題材として」を共催した。その趣旨は、「参加者は事前に学会公式YouTubeチャンネルにアップされる2本のレクチャーを視聴し、当⽇は6⼈1組になって、アルビジョワ⼗字軍が迫るなか、モンセギュールに⽴て篭もるカタリ派の住⺠を演じます。プレイを通して中世ヨーロッパを擬似体験し、それによって各⾃の中世理解がどう変容するのか、それがどのような意味を持つのかについて、⼀緒に考えてみましょう」というものであり、本研究メンバーがチューターとして参加者をサポートした。
以上のように、本研究は理論から実践まで、さまざまな角度から日本版中世主義の特徴を明らかにしてきた。研究はまだまだ途上ではあるが、本研究の当面の目標として、大貫、小宮、松本、白幡、健部、岡和田(+α)による書籍の出版を計画している。コンセプトと章立てはほぼ確定し、出版社も決まっており、2025年度末を目処に出版を果たしたいと考えている。
2024年9月