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研究助成

成果報告

若手研究者のためのチャレンジ研究助成

2022年度

室町戦国期京都における都市民の社会的結合と祭礼

日本学術振興会特別研究員PD(受入機関:聖心女子大学大学院文学研究科)
長﨑 健吾

 日本民俗学の創始者として知られる柳田國男は『日本の祭』という著書のなかで、日本各地の神社で営まれる祭が長い年月のなかでどのように変遷してきたのかを詳細に論じている。柳田が強調するのは、中世以降の都市の発展が、祭というものを決定的に変質させてしまったということである。祭の場に都市の住民たちが見物人として立ち混じるようになると、祭は様々な意匠を凝らして多様で華やかなものになる一方、村落共同体の結合の核としての力を失っていった。こうした柳田の議論は、近代以前の日本における共同体と都市の関係という問題を考える上で、今日でもなお多くの示唆を与えるものである。
 さしあたり歴史学における都市研究に限定して言えば、この問題は日本中世における都市の未発達、都市と農村の未分離という問題と、都市民による自治との関係という問題として繰り返し考察されてきた。こうした問題設定のありかたを規定しているのは、西欧社会との比較という視点である。もともと日本史学における「中世」は西欧中世との比較のなかで成立してきた時代区分であるが、都市はこうした比較史的な考察のひとつの焦点であった。比較史的考察のなかで、全般的には日本の中世社会は西欧の中世社会と多くの共通性を有すると見做されてきた。これに対し都市という題材はむしろ、日欧中世社会の差異を示すものとされる。西欧中世に見られるような、城壁で囲まれ、市民による自治を育んだ自由都市が発達しなかった点が、日本中世社会の特質とされてきたのである。こうした見方に基づき、都市の未発達、農村と都市の未分化、都市民による自治の未成熟などを日本中世社会の特質とする認識が、戦前・戦後の歴史学のなかで定着してきた。
 こうしたなかで重要な論点とされてきたのが、都市における祭、祭礼の問題である。祭礼は都市においても農村においても、共同体住民の結合と自治意識の現れとして論じられた。より具体的に言えば、祭礼という主題が村落共同体に見られる自治や強固な共同性に対応するものを都市に見出す鍵になってきたのである。例えば堺や大山崎などは中世後期に都市的集落に成長し、住民による自治が形成されたことで注目されてきた。しかしこうした自治の中核に村落共同体的な祭から発展した祭礼があったことが、都市における自治が村落共同体のそれと質的に異なるものに発展しなかったことのあらわれとして、いささか否定的に評価された。中世後期の京都における祇園会(祇園御霊会、祇園祭)についても、都市住民を主体とし、都市住民の共同性や自治意識が表現された文化現象として位置付ける見方が強くある。このように従来の中世都市研究は祭礼に注目することを通じて、明確な制度や特権によって保証された自治を見出し難い日本中世の都市において、住民による自治や共同性に関わる議論を蓄積してきたのである。
 本研究では以上のような蓄積を踏まえつつ、農村とは異なる都市の固有性を重視する観点から、都市における祭礼と住民の共同性の問題を再検討してきた。都市においては住民の流動性が高く、社会の変動や政治勢力の盛衰が激しい。こうしたなかで中世において都市に暮らす人々の社会的結合はどのような形を取っていたのか。そしてそれはどのような過程を経て、戦国期における都市共同体(町共同体)の形成に結実したのか。これらの問題を問い直す上で、祭礼はやはり重要な意義をもつと考える。現在までの主要な成果としては、室町・戦国期における祇園会を室町幕府と結びついた有力都市住民の結びつきという観点から位置づけなおすこと、これに対し16世紀後半以降周辺地域から京都に流入する人々の動向に注目し、ほぼ同時期に形成される町共同体の特質と結びつけて考えることなどが挙げられる。これらの成果は町共同体の形成過程という中世都市論の主要問題のひとつについて、武家権力との関わりや同時期における城下町との比較を視野に入れて再検討する道を開くものである。また、考察を進める過程で中世の祭礼と身分集団との関わりに注目する必要が生じてきた。具体的には、中世前半までの祇園会が祇園社と結びついた多様な神人身分の人々によって担われていたことに注目することで、武家政権と結びついた洛中の有力都市民によって担われるようになる中世後期との差異を考察する必要がある。また、多くが商人として活動していた祇園社の神人のなかには女性が多く含まれており、問題は女性史やジェンダー史にも関わってくる。本研究課題の後半では上記のような新たな領域に視野を広げつつ、中世の都市社会に存在した多様な共同性について、より総合的に考察することを目指した。これらの問題を考察することは、戦国期から近世初頭に形成された日本の伝統社会が解体の最終局面を迎えつつある現代において、人間同士のつながりを問い直すことにつながっているはずである。

2024年5月
現職:川村学園女子大学 講師