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研究助成

成果報告

若手研究者のためのチャレンジ研究助成

2022年度

戦後日本における所得の平等の達成─1960年代から1970年代の政府間財政関係に着目して

東海大学政治経済学部 特任講師
髙橋 涼太朗

研究の動機、意義、目的
 本研究は、1960年代から1970年代の政府間財政関係に焦点を当て、戦後日本における「平等」で小さな政府の形成過程を明らかにすることを目的とする。1990年代までの日本は、他国に比べて低い社会支出水準でありながら、所得の平等を享受するという「平等」で小さな政府だった。これは再分配を伴う形での所得平等を享受していた西欧型福祉国家とは異なる形態である。一方で、1970年代初頭には西欧型の福祉国家を目指す「高福祉高負担」政策が導入されようとしていた。
 本研究は「平等」で小さな政府の形成過程について、そこからの離脱可能性を有していた1970年代を分析することにより、なぜこの道が選ばれず、結果として「平等」で小さな政府が形成されたのかを明らかにする。この研究は1970年代という一時期を研究するに留まらず、財政民主主義と予算の関係、中央政府と地方政府の関係、現代日本における所得の不平等の歴史的背景を解明することに繋がると考えられる。

研究成果や研究で得られた知見
 研究期間において、本研究が得られた知見は三つに集約できる。第一に、革新自治体と中央政府の「高福祉高負担」の関係である。革新自治体とは、自民党の支援を受けず、当時の革新政党である日本社会党と日本共産党のいずれか一方、または両方の支援を受けた首長を擁する自治体を指す。1960年代後半から1970年代初頭にかけて、革新自治体の数が増加し、その影響力が強まった。中でも、1967年に東京都知事に就任した美濃部亮吉の存在は、田中角栄による「自民党の反省」に代表されるように自民党政権に対して大きな影響力を与えた。美濃部都政は、老人医療の無償化や児童手当の拡充といった「高福祉」政策を採用することで、自民党との差別化を図っていた。これを受け、中央政府は「高福祉高負担」を掲げ、「高福祉」政策を導入するとともに、財政規律の維持を図っていたことを明らかにした。
 第二に、中央政府における「高福祉高負担」の挫折である。「高福祉高負担」が掲げられた当初、高負担において、一般消費税の導入も含む増税が議論されていた。しかし、1971年のニクソン・ショックと1973年のオイルショックによって、増税ではなく内需拡大政策としての減税が選択されるようになった。1970年代後半になると、福祉の拡充を目的としての一般消費税導入ではなく、財政再建目的としての一般消費税導入が目指された。ここにおいて、「高福祉高負担」の持つ負担と給付の関係性は切断され、あくまで財源調達目的としての消費税という位置付けがなされたのである。しかし、周知のように、一般消費税の導入は失敗に終わった。その結果、大蔵省は増税による財政規律の維持ではなく、歳出削減という形での財政規律の維持を目指すようになる。これは、地方政府が財政的な制約を受けることに繋がった。
 第三に、美濃部都政の分析を通じて「高福祉高負担」に対する圧力が減少したことを明らかにした。地方自治体は大きく分けて、地方税、地方債、地方交付税、国庫支出金の四つを歳入とする。1970年代当時、地方自治体の課税自主権は制約され、起債統制もなされていたために、自主的に財源を獲得することが困難だった。つまり、財政自主権が制約されていたのである。このような中、二つのショックによって美濃部都政の財政状況も悪化した。美濃部は財政自主権の獲得を目指す「財政戦争」を起こすものの、都議会との合意形成に失敗し、失敗に終わる。その結果、革新自治体において「高福祉」政策を行うことが難しくなり、中央政府の「高福祉高負担」への圧力が弱まったことを明らかにした。

今後の課題と見通し
 以上は本研究プロジェクトの一部でしかない。今後は、これまでの研究で明らかにした点を踏まえつつ、「平等」で小さな政府について多面的な分析を行う。第一に、「高福祉高負担」に内在するジェンダー規範に関する分析である。児童手当と老人医療無償化はどちらもケアの費用的な側面から分析をすることが可能であり、この二つのうち児童手当の規模が国際的に小さかったのかについては明らかとなってはいない。この点について、政策伝播を鍵にしながら革新自治体と中央政府のそれぞれの政策導入過程を分析することで接近したい。第二に、「平等」で小さな政府の形成における国際関係と政府間財政関係の統合的把握である。本助成期間は、政府間財政関係の政治的分析を中心に行ってきた。しかし、日本の「平等」で小さな政府は、政府間財政関係のみでは明らかにできず、国際関係を包摂した、国際-中央-地方の三層構造の分析を必要とする。今後は以上の二点を踏まえ、本研究を書籍という形で完成させたい。

2024年5月