成果報告
2022年度
戦間期・戦時期における内務省の治安政策(1918~1945年)
- 同志社大学大学院法学研究科 博士課程(前期課程)
- 高田 和磨
研究の目的
本研究は、戦間期・戦時期(1918~1945年)の日本において、いかにして警察組織を管掌した内務省が治安を維持したのかを検討するものである。米騒動という大規模な国民暴動が発生した1918年以降、デモクラシー思想の影響も受け、社会運動が急激に盛り上がりを見せた中で、いかにしてこの社会変動に対応し、国内秩序を保つかは重要な政治課題となった。加えて、日本が30年代以降、準戦時体制・戦時体制へと突入すると、総力戦遂行のために国内の銃後も重視され、治安維持の問題はより重要になった。このような状況下で、内務省はどのような治安政策をなぜ実行したのか。これを検討するのが本研究の目的である。
研究内容・意義
先行研究は、主に治安政策の抑圧的側面に焦点を当て、国民を抑えつけながら治安を維持し、軍や右翼と共に戦争・ファシズムを推進していったことを明らかにしてきた。本研究もこの研究成果を否定するものではなく、むしろこの側面は継承していかなければならない。事実、共産主義思想の取り締まりに関しては、拷問が行われるなど苛烈を極めており、過去の過ちを繰り返さないためにも重要である。
だが、治安は抑えつけるだけでは維持できず、先行研究では主に以下の点が明らかになっていない。(1)内務省はいかに国内情勢を認識し、その上でどのような治安維持構想を打ち立てたか、(2)思想取り締まりだけでなく、当該期の社会運動や、軍・右翼に対して内務省は(1)の構想に基づき、いかなる治安政策を実行していったのか、などである。
これらを検討することで、内務省の政策実行主体としての側面のみならず、社会や国民から影響を受けた客体的側面が明らかとなる。つまり、内務省は社会情勢に合わせ、それに反しない形で治安維持を行うという側面が存在し(本研究はこれを「宥和」主義と定義)、治安政策における抑圧の側面に加え、「宥和」の側面を見出すことが、本研究の新規性である。
このように本研究は、「内務省=抑圧一辺倒」といったイメージを大幅に修正するものであるが、戦前期に最大の官庁で、広い影響力をもった内務省のイメージを修正することは、日本政治史や当該期の日本社会の歴史像においても多大なインパクトを有する。とりわけ1930年代は、本研究の登場により、単なる官僚・軍部独裁の時代ではなく、むしろ国民に引っ張られていったという側面が存在することが示唆される。そのことにより、日本政治史ではいかにして国民を上から強権的に統合していったのかという従来の視点だけでなく、むしろいかにして国民に寄り添っていったのかという視座で研究が進むことや、社会史・民衆史の分野では、国民の側の自発性を重視する研究がより一層加速していくことが期待される。
研究成果
本助成の対象期間は、とりわけ政党内閣期(1918~1932年)に焦点を絞って分析を行った。当該期に関する先行研究では、治安政策の抑圧性のみならず、内務省は「善導」主義の構想を有していたことが明らかにされてきた。1923年の関東大震災や1925年の治安維持法制定以降は抑圧に傾いたものの、それ以前の時期は国民に親切に接しなければ国民から反発を買ってしまうと内務省は考え、「善導」の推進を目指したと指摘される。
本研究は、このような成果を受け継ぎつつも、「善導」では説明できない部分があると考える。研究を進めていく上で、内務省が国民感情や世論といった社会状況に合わせて、それに反しない形で治安政策の立案・実行をしなければならないと考えており、国民や社会に引っ張られるという、内務省の客体的側面が明らかになった。だが、「善導」は文字通り、内務省の主体的側面を言い表しており、このような側面は、「善導」では説明できない。そこで、本研究は、「善導」主義をも包含する形で、このような内務省の治安維持構想を「宥和」主義と定義し、分析を行った。
この「宥和」主義は、関東大震災や治安維持法制定以降、取り締まりといった抑圧的側面が強化されつつも、内務官僚の中で一貫して継承されていることが新たに明らかとなった。また、取り締まりの側面が強化されたのも、暴徒などの取り締まるべき対象を取り締まるためであった。内務省は国民や社会運動を抑えつけて治安を維持しようとはしておらず、むしろ、国内状況に合わせる形で治安政策を立案・実行していった。もちろん、当時の政権ごとに「宥和」主義の濃淡は変容しており、保守的な政友会内閣の下では概して抑圧の側面が強まり、リベラルな憲政会・民政党内閣期には「宥和」の側面が強まることがあった。だが、内務官僚内では一貫して「宥和」主義の構想を共有しており、世論などの国内状況に合わせる形で基本的には治安政策が実行された。以上が、政党内閣期における治安政策の検討の成果である。
今後の課題・見通し
今後は、時期を準戦時期・戦時期に伸ばして、その時期における治安政策を検討していきたい。戦時へと進むにつれて、「宥和」主義はどのように変わっていったのか、あるいは継続していったのか。また、内閣や他省庁・機関が治安政策にいかなる影響を与えたのかという点にまで着目し、分析を行う。
2024年5月
現職:同志社大学大学院法学研究科 博士課程(後期課程)