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研究助成

成果報告

研究助成「学問の未来を拓く」

2022年度

農林漁業地域における女性組織・ネットワークの運動転回に関する研究

三重大学人文学部 講師
吉村 真衣

1. 研究の進捗状況・成果  女性活躍が推進されるなか、農林漁業地域でも様々な施策が実施されてきた。一定の成果がみられる一方、研究メンバーとの議論では、それがパターナリスティックな推進によるもので、女性たちが必ずしも主体的に活動の意義や展望を認識しているとは限らないという新たな課題が示された。また男女共同参画の先進地では団体・組織の世代交代が達成された地域と、活動が停滞する地域とが現れ、運動のエートスをいかに継承しうるかも重要な課題となっている。近年では農林水産省の農業女子プロジェクトを契機にネットワーク型組織が設立されるなど、新たな展開も生じている。これらをふまえ、農林漁業地域の女性にかかわる既存の団体・組織や、近年立ち上がったネットワーク型組織が現在いかなる社会的機能を担っているのか、運動のエートスはいかに継承されうるのかを明らかにすることを目的とした。
 研究メンバーは全国各地で事例研究をしてきたため、オンラインおよび対面研究会にて情報・意見交換を重ね、蓄積のある農村分野の研究をもとに理論枠組みを検討した。また社会運動と生活実践の相互関係に関する知見を深めるため、波夛野豪氏(三重大学名誉教授)を招聘し、有機農業運動やCSAに関する研究会を2回実施した。また漁業地域として三重県鳥羽市、農業・林業地域として高知県高知市を選定し、共同で現地調査を実施した。

2. 研究で得られた知見  当初は既存の研究枠組みを受け継ぎ、女性に関わる既存の団体・組織やネットワーク型組織がいかにエンパワメントや政治参画につながるかという視点が中心だった。しかしその枠組みではとらえきれない現状に気づき、以下の知見が見出された。

 (1)農林漁業地域の女性が生きる多元的世界と団体・組織の意味づけの多様化
  調査では、農家経営に参画しながら農業委員など複数の団体・組織の役職を担い、ネットワーク型組織にも参与するケースや、漁家経営や既存の団体・組織には十分関われない一方ネットワーク型組織を通して新たな活動の場を求めるケースがみられた。前者は先行研究でも注目されてきた例だが、後者では組織が「アイデンティティとライフスタイルを確立する場」として意味づけられ、女性たち当事者にとって団体・組織が必ずしも運動や政治参画の資源という軸のみで評価されているわけではないことがわかった。農林漁業地域の女性の経歴やネットワーク、コミュニティが多元化し、地域社会や農林漁業との関わりかたが多様化していることが背景にあると考えられ、今後実態を明らかにしていきたい。

 (2)ネットワーク型組織の運動転回の可能性
  ネットワーク型組織は運動や政治参画の直接的な資源というより、女性たちが主体的につながり、生活や経営の実践で生じた関心や課題を解決・支援する場として重視されていた。それだけでなく参加者の一部が既存団体・組織の役職を担っていることで、ネットワーク型組織が政治参画にかかわる既存の経路と接続しているケースがみられた。また組織外で野菜市などの新たな活動が萌芽するなど、自由で楽しみに満ちた創発的な活動が生じていることもわかった。生活や経営の実践に根ざした視点をベースにしつつ、多様な主体、資源、活動が柔軟につながり展開していくことがネットワーク型組織の一つの特徴と考えられる。今後はネットワーク型組織の実態を一層探るとともに、社会運動の基盤に転換する(S. L. Cummings, 2018 の「運動転回」概念)可能性を検討していきたい。

3. 今後の課題  興味深い知見が得られた一方で、地域間や業種間、世代間の差異など、十分比較しきれていない点も多い。今後も比較調査を継続しながら、組織構造、運動エートス、リーダーシップなどのこれまで想定してきた尺度だけでなく、⼥性たちが⽣きる多元的な世界と、そこでの価値観や変化の時間軸の多様性に注⽬し、既存の団体・組織やネットワーク型組織を当事者の側からとらえ返す試みをしていく。そして運動転回の可能性を検討しつつ、農林漁業地域の男⼥共同参画で前景化されがちな「エンパワメントの物語」だけではとらえきれない多様な実践を明らかにしていきたい。このことは、農林漁業地域の⼥性にとっての運動とは何かを問い直すことにもつながると考える。

2023年8月