成果報告
2022年度
戦後日本における「河内的なもの」と「船場的なもの」に関するメディア文化 研究
- 神戸市外国語大学外国語学部 准教授
- 山本 昭宏
1 研究目的・概要
本共同研究は、敗戦から高度成長期の日本社会において、「大阪的なもの」が占めた位置を解明することを目的としている。前提には、「大阪的なもの」を、その都度構築される動態的なものとして捉えるという問題意識があり、「大阪固有」とされるものがどのようにして創られたのかを明らかにしたいという意図がある。これは前年度から続く問題意識である。
本研究は、「河内的なもの」と「船場的なもの」という分析概念を導入することで「大阪的なもの」の内実と変化を記述しようと試みる。両者は空間性・地理性に関わる概念であると同時に、歴史的階層性にも関わる概念であり、当事者たちの主観と外部からのまなざしにも関わる概念である。このような多岐に及ぶ概念である「河内的なもの」と「船場的なもの」という分析概念は、戦後大阪の歴史的実体とメディア表象との往還関係を通して精緻化する必要がある。そして、その作業そのものが、本研究の目指す「戦後日本における「河内的なもの」と「船場的なもの」に関するメディア文化研究」となるだろう。
具体的に考察の対象とするのは、次の作品群である。「河内的なもの」については、今東光、菊田一夫に関わる作品を、「船場的なもの」については谷崎潤一郎・山崎豊子・花登筺の小説および映像化作品。さらに補足的に、釜ヶ崎を描いたとされるマンガ『じゃりン子』や、地域文化である河内音頭、松竹・吉本に代表される笑いの文化も取り上げた。
2 進捗状況と新たに得られた知見
Zoomなどのオンライン会議ツールを取り入れることで、研究会は予定通り開催できた。また、前年度に引き続き、船場のフィールドワークも実施できた。成果報告論集の発行と書評会という目標については、メンバーの体調不良によって大幅に遅れた【現在の予定では2023年度中の刊行】。
これまでの研究で得られた知見を整理しておく。
「船場的なもの」について:船場の文化は地域文化というよりは、商人・町人という「身分」と結びついた排他的な身分文化(あるいは職業文化)という側面を有している。戦後は丁稚制度に代表される「身分」の解体が進んだが、失われゆく実態と反比例するように、山崎豊子や花登筺によって、「ど根性」や「がめつさ」といった精神性に力点を置いた「地域文化」として表象された。それはノスタルジーであると同時に、戦後日本の苛酷かつ豊かな民衆経験を、フィクションの形式で定着させるものだった。
「河内的なもの」について:都市の後背地である河内は、船場に比べると広大な空間であり、その内実は多様である。近代に限っていえば、船場に比べると経済的・文化的に劣位にあり、そうであるがゆえに、船場が拾うことの出来ない都市イメージ(土着的な猥雑・乱暴・情愛)を回収するという役割を果たした。大阪は都市内部においては釜ヶ崎という場所に、外部においては河内という場所に、特定のイメージを回収する機能を負わせたのだと言うことができる。メディア文化においてそれを補強したのが、今東光の作品とその映画化であり、レコード化された戦後の河内音頭である。
両者は、高度成長期に起こっていた笑いの文化の隆盛(特にテレビ文化)というイメージの奔流に合流していった。こうして、「大阪的なもの」は、必要に応じて、船場的な資本主義的合理性と河内的な土着的非合理性を、都合よく使い分けることが可能になったのである。
3 今後の展開
研究代表者の山本は、花登筺と黒岩重吾を取り上げて、高度成長期の大阪の文藝に関わる単著を執筆する予定である。
2023年8月