成果報告
2022年度
「伝統素材・技法×3D技術」による民族絵画への触覚的アプローチ
- 筑波大学芸術系 助教
- 宮坂 慎司
1. 研究目的・概要
本研究は、3Dデジタル技術を活用し、「触れる鑑賞」の質向上に繋がる触察資料の提案を試みた上で、芸術分野におけるアクセシビリティ向上に寄与することを目的としている。研究に際しては、視覚に障害のある研究者と協働しながらプロジェクトを展開し、平面・立体といった表現法ごとに触察資料の適切な形式を考察した上で、実際に3Dモデルの作成と出力を行い検証する。資料化するにあたって、本研究では、「認識」を主たる目的とした既存の資料を超えて「鑑賞」のレベルで作用しうる「触れ心地のよいユニバーサルな触覚的資料」の提起を試みる。試行的な資料化のターゲットとしては、国立民族学博物館収蔵資料を始め、教育現場での鑑賞実践を想定し、美術史上で位置付けられる絵画作品もその対象とする。
2. 新たに得られた知見および成果
視覚に障がいのある人の立場から平面と立体の関係性を捉え直し、鑑賞を2段階に分ける資料作成を試みた。ステップ1では可能な限り資料制作者の主観を排して、オリジナルから機械的につくられたレリーフ状資料に触れる鑑賞とし、ステップ2では、平面作品では描かれていない部分を作家のイメージで補完し、全容を立体作品として起こした造形物に触れる鑑賞とした。下記4点の作品・資料をターゲットとして設定した。
① 妖怪画, 柳生忠平作(現代作家), 個人蔵
② 白澤(粉本), 作者不詳, 紙本墨図, 大川市立清力美術館蔵
③ 精霊(樹皮画, H0140387), 作者不詳(オーストラリア・アボリジニ), 国立民族学博物館蔵
④ 蚊の創造(シルクスクリーン, H0144824), Walter Harris(カナダ・ツィムシァン), 国立民族学博物館蔵
レリーフ状資料作成にあたっては、機械的な処理によってオリジナルの絵画から色別に面的に要素を抽出したり、線描を近景・中景・遠景の3層で分けたりすることで3Dデータ(STL)を作成した。全容の造形では、彫刻作家による立体的な二次創作や、造形作家による3Dモデリングによるデータ作成を試みた。3D出力に際しては、PLAの他、木質フィラメントを材として、熱溶解積層(FDM)による3Dプリントを行った。また、出力した資料の表層の処理として、乾漆技法を用いた仕上げや、ハンダゴテ・電熱ペンによる仕上げを試行的に行った。
新たに得られた知見としては、下記が示唆された。
・平面・立体を行き来する触察は、鑑賞における認識(特に空間感受)に有益に働く
・解説を伴わず認識に至ることのできる資料は鑑賞者の能動性を導く
・出力材によって触察の質は異なる傾向が見られ、木質のものは触れる鑑賞との相性がよい
・作家による表層の仕上げが、3D出力物における触れる鑑賞の質を向上させる
左上:
妖怪画(オリジナル)
右上:
レリーフ状STL
左下:
全容の立体造形STL
3. 今後の展開
絵画資料には様々な表現のものがあり、明確な輪郭をもたない作例や、量感豊かな描画をどのように資料化するかという点が課題となっている。今後は触察資料の作例を増やしながら、視覚特別支援学校と連携した鑑賞実践を行い、触覚的アプローチに関する考察を深め、その鑑賞論の構築に繋げていきたい。また、より規模の大きなものや、時間変化を伴う舞踊などに「触れる」のための資料化にも取り組みたい。
2023年8月