成果報告
2022年度
政治学はインフォーマルな政治を扱うことができるか
- 宮崎大学キャリアマネジメント推進機構テニュアトラック推進室 テニュアトラック講師
- 松尾 隆佑
本研究では、国家の統治と直結するマクロな権力やフォーマルな政治を偏重し、実体的な制度・組織や表舞台の現象に視野を限定してきた政治学の「狭さ」を乗り越えるため、社会の隅々に遍在・潜在するミクロな権力やインフォーマルな政治に光を当てる分析の可能性を探った。具体的には、国家と市民社会を貫く統治の合理性、地域コミュニティの自治を促す組織化の企て、学校の権威主義的統治、企業が持つ権威・権力とその正統性、協同組合による公共利益の組織化、社会運動の舞台裏における意思決定過程、警察および民衆による暴力行使、ケアやセクシュアリティをめぐる構造的な分断・抑圧、言語規則が内包するジェンダー差別、人びとの心理が生み出す主観的な政治の世界など、さまざまな社会集団や非制度的・非実体的な行為実践に着目する政治学者が研究会で相互に議論を重ね、インフォーマルな政治の分析にあたって重要となる視座・方法・課題を検討した。
本研究で得られた知見の1つは、必ずしも国家と結びつかないインフォーマルな政治を政治学が扱うことへの抵抗感を取り除くには、権力や公共性の再解釈が求められるということである。多くの政治学者はインフォーマルな政治の存在を認めるが、その重要性はフォーマルな政治と比べて低いと見ている。そこでフォーマルな政治との接点を示す選択肢もありうるだろう。だがインフォーマルな政治それ自体の重要性を示すためには、たとえば企業が国家・自治体に比肩する権力を持っていることや、家庭など私的とされる領域で行使される権力も個人の自由や権利にとっての脅威であることを前提としながら、多様な社会的権力のコントロールにかかわるインフォーマルな意思決定過程が、国家とは独立にそれぞれ公共性を帯びているという認識の共有を図る必要がある。
また本研究の成果として、政治学における研究対象の限定が特定の方法論的立場と関連していることを明確にした点も挙げられる。観察可能性の要請が強く意識されるようになって以降の政治学は、資料・調査上の制約が大きいミクロな権力やインフォーマルな政治の分析を避け、実体的な制度を伴うフォーマルな政治へと関心を縮減させていった。そのため政治学が政治一般への関心を再び包摂するためには、必ずしも特定の方法論的立場に拘泥せず、研究上の目的に適した多様な方法を積極的に採用することが望ましい。もちろん研究対象の拡大や方法の多様化には困難もつきまとうが、研究対象に関する実務者との協働や、隣接諸分野の知見を取り入れることなどを通じて対処可能な部分もあると考えられる。
今後の課題としては、むしろ政治学の外部で取り組まれてきたミクロな権力やインフォーマルな政治の分析において、政治学が果たしうる独自の貢献は何であるのかを明示することが残されている。すなわち、政治学はインフォーマルな政治を「上手く」扱うことができるのだろうか。本研究の成果は論文集にまとめて広く発信することを計画しているため、作業の過程でこの問いについても取り組んでいきたい。
2023年8月