成果報告
2022年度
近代日本知識人の「母」――加藤周一・丸山眞男・鶴見俊輔の母たち
- 立命館大学衣笠総合研究機構加藤周一現代思想研究センター 研究員
- 半田 侑子
本研究は日中の女性研究者が協力して「近代日本知識人の「母」」に光をあて、近代思想史に「母」が及ぼした影響を探る国際研究である。近代日本知識人研究はその対象を圧倒的に男性によって占められ、論じる側もまた圧倒的に男性が多い。近代日本の知識人研究は知識階級の男性たちによって形成されてきたと言える。それでは、日本の思想は男性のみによって形成されてきたと言えるだろうか。家庭を仕事場としてきた多くの女性たちの姿は、男性に比べるとその足跡を追うことが非常に困難である。家庭で懸命に働いた女性たちは、日本社会に影響を与えなかったと言えるだろうか。
このような問いから、本研究では打ち合わせを重ね、共同研究者間での母に対するイメージや概念、日中における違いなどを念頭に議論した。その上で、まず、丸山眞男、加藤周一のテクストから、近代日本知識人を生み育てた母たちがどのような人物であったか、どのような影響を子に与えたか分析した。
具体的な成果としては、23年3月に半田「近代日本知識人の「母」――丸山眞男の母、セイを中心に」、劉「織子と「母」と「女性的なもの」」の2本の論文を『加藤周一現代思想研究センター』準備号に寄稿した。また、同じ3月にこれを踏まえた講座(立命館大学土曜講座)を開催し、半田と劉が報告し、伊藤と翁がコメントを担当した。
上記のように研究を進めるうちに、当初は明確に意識することのできなかった視点に気づくことができた。それは、本共同研究が対象とするべきなのは、丸山・加藤・鶴見の付属物ではない、個人としての丸山セイ、加藤ヲリ子、鶴見愛子である、という視点である。知識人のテクストを通して母の姿を読み取るとき、どうしても著者の視点から母たちを見ることになる。そうではなく、個人としての彼女たちを対象とすること、「妻」や「母」といった鋳型にはめられない、ひとりの人間としての姿を見出すことが本共同研究にとって不可欠であるのだ。というのも、偉大な知識人を産み育てた、という理由から母を研究するのであれば、それは我々が女性研究者であるにしろ、これまでの男性が圧倒的多数として形成してきた思想史と変わりがないからである。むしろ、近代知識人を相対化するためにも母個人がどのような人物であったかを論じることに本研究の特色がある。
今後の展望としては、加藤と母、鶴見と母の関係とを比較する。23年度に刊行予定の『加藤周一現代思想研究センター』に半田・伊藤がそれぞれ論文を寄稿する。また、新型コロナウィルス感染症のため行えなかった関係者への聞き取り調査を行う。論文による3人の母の比較と、聞き取り調査で得られた知見を踏まえ、本研究を総括する研究会を開催する予定である。これまでの共同研究によって、3人の母の共通点も明らかになりつつある。そのひとつが教育熱心であるという点だ。職業を世襲する家職制の傾向の強い近代日本において、子供の教育に対する母の重圧は大きかったと言える。母の果たす役割という重圧に対する彼女たちの格闘をとおして、日本思想を新たな角度から照射したい。
2023年8月