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研究助成

成果報告

研究助成「学問の未来を拓く」

2022年度

ナレズシはいかに「洗練化」したのか―乳酸菌分析にもとづく環境史へのアプローチ

滋賀県立琵琶湖博物館研究部 専門学芸員
橋本 道範

1、研究の目的と方法
 環境史研究に不可欠な消費論を確立するため、2023年3月22日に国登録無形民俗文化財に登録された「近江のなれずし」の一つであるフナズシを対象として、元禄2年(1689)の料理書、『合類日用料理抄』に記載された方法で再現実験を行うとともに、菌叢解析等によって、「乳酸菌の組成を比較してフナズシの特徴を把握する」という方法論を確立させる。

2、研究の進捗状況
(1)世界ナレズシデータベースの公表
 既存文献により作成したナレズシデータベースを『琵琶湖博物館研究調査報告第36号 日本列島を中心とした魚介類消費の研究』のなかで公表した。
(2)現地調査
 ナレズシのサンプリングもかねて、長浜市菅浦、栗東市大橋、岐阜市のナレズシの調査を行った。
(3)再現実験
 『料理抄』の製法での再現実験をこれまで3回行ってきたが、2023年1月21日から第4回目の実験を開始し、20日目(2月10日)、70日目(4月1日)、120日目(5月21日)、182日目(7月22日)にサンプリングと計測を行った。第4回目の実験は、木桶とプラスチック製の桶との比較実験とした。
(4)菌叢解析等
 2023年1月に滋賀県内で41サンプルのナレズシを購入し、そのうち16サンプルについては次世代シーケンサーを用いた菌叢解析を実施した。また、カットされていない(魚体そのままの)サンプルについては、背骨の硬度についてテクスチャー測定(クリープメータ(山電))を実施した。さらに、41サンプルのナレズシについて、pH(堀場 LAQUAtwin-pH-11B)、塩分(E-shin EB-158P)、糖度(アタゴ Master-α)の測定を行った。
(5)研究会と懇親会
 2023年1月12日に第6回フナズシ研究会を実施し、吉山洋子が第3回目の再現実験の結果を報告した。また、7月30日に第7回フナズシ研究会を岐阜で実施し、田邊公一が報告するとともに、中川智行氏(岐阜大学応用生物科学部)、堀光代氏(岐阜市立女子短期大学)とも交流を行った。

3、成果、研究で得られた知見
(1)世界ナレズシデータベースの公表
 現在のナレズシの分布が限られていること、製法が多様であること、それらのなかで滋賀県の現在のフナズシの製法が特異であることなどが明らかになった(柏尾珠紀2023)。
(2)現地調査
 『料理抄』に見える寒鮒を漬けるフナズシが確かに存在していたことを確認するとともに、ドジョウのナレズシについてもサンプリングを行った。
(3)再現実験
 木桶で漬けた場合とプラスチック製の桶で漬けた場合とでは、見た目上の違いは確認できなかった。現在、乳酸発酵の進度や細菌組成について分析中である。
(4)菌叢解析等
 成果については未公表であるが、フナズシに含まれる乳酸菌であるLactobacillus acetotoleransおよびLentilactobacillus buchneriが優占種となる2つのグループに大別できること、製品によって味わいが大きくことなることなどが明らかになっている。

4、今後の課題
 再現実験等の成果の公表を踏まえて、2024年度に市民向けの報告会を行い、総括論文「(仮)ナレズシの多様性と洗練化をめぐって」を『常民文化研究』に投稿する計画である。

2023年8月