サントリー文化財団トップ > 研究助成 > これまでの助成先 > 生環境構築史学(Habitat Building History) 構築と基盤研究 :日英併記による交流・発信広報媒体の実践

研究助成

成果報告

研究助成「学問の未来を拓く」

2022年度

生環境構築史学(Habitat Building History) 構築と基盤研究 :日英併記による交流・発信広報媒体の実践

早稲田大学理工学術院創造理工学部 教授
中谷 礼仁

1. 研究概要  本研究では地球-人間環境の適正化をめざした学際研究活動を行う。そのために、特集形式の Webzine 媒体をつくり、同人(研究遂行者)の検討を元に、関連研究者へリアルタイムに寄稿等を依頼することで、生環境構築史という新たな研究ジャンルの形成と活発化を目指す(継続助成)。本活動の要となる概念「生環境」とは、人類が自らの持続的生存のために構築する環境の全般を指す。住居・集落・建築・都市・農地などはその具体例である。生環境の資材は、地球(構築0)の自律的運動によって与えられ、人間の活動としての構築様式は自律的に構築活動を続ける地球の上に展開される。それらを史的かつ現代に併存する4 様式に整理した(図 1 参照)。 図1 生環境構築史概念図(2019)
 本研究活動では、構築様式3が肥大化した産業革命以降の歴史段階を批評的に検証し、地球と人類の持続可能な関係を再獲得するための「構築様式4」を構想する。その検証と、理論的・実践的な具現化について議論する場が日英中併記のウェブ媒体「生環境構築史Webzine」である。各特集号では多分野の知者との討議・連携により、これまでの構築様式の検証と構築 4の探索を特定テーマの元に行っている。その成果を発信・蓄積・共有することがWebzineの発行目的である。本助成への申請は、2022~23 年度にWebzine第 5・6 号発行の実現を目的に行われた。

2. 研究の進捗状況と成果  申請時の研究計画通り、Webzine第 5・6 号の発行を実現できた。両号の特集内容と概要は次のとおりである。
第5号特集「エコロジー諸思想のはじまりといま──生環境構築史から捉え直す」
 2022年11月公開 編集主幹: 藤井一至(当助成研究メンバー)
 エコロジー(ヒューマン・エコロジー)を対象に、人間活動と自然との調和がどのように考えられてきたのか、またそれはいまどのような地点にあるのかを、「大きな体制で/小さな主体で」、「手つかず/手を入れる」、の2軸からなる4象限を設定し俯瞰的に検討した。
第6号特集「戦時下の生環境──クリティカルな生存の場所」
 2023年6月公開 編集主幹:藤原辰史(当助成研究メンバー)
 軍事行為によって“攻撃されるもの”に注目し、地形など地球の本質的な構築物と戦争の関係や、戦時下の生環境の特質について論じた。
 また、これまでの本研究の活動を知った自治体関係者の招聘により、2023年6月には研究メンバーが島根県隠岐島海士町を訪問、島前高校地域共創科及び同町の島民ホールにて、生環境構築史をテーマとするレクチャーとフォーラムを開催した。持続的・循環的な地域・共同体運営にかかわる理念として生環境構築史及び「構築4」が注目され、当事者との実地の対話に着手できた。

3. 研究で得られた知見  第5特集では、「エコロジー」のイメージが、人ごとに、またエコロジー活動ごとによっていかに異なるものであるか、またそれらがどのような協調関係や対立軸を有してきたかを、主なエコロジー思想のルーツと合わせていったん整理できた。これを通じて、エコロジーの対立軸は経済(エコノミー)をどう考えるかに連動するらしいことや、現代のエコロジー思想の広がりを「エコモダニズム/オルタナティブ/無/再野生化」という4象限へと帰納的に捉え、生環境構築史も含むエコロジー思想を相対的に検討した。
 第6号特集は、ロシアによるウクライナ侵攻開始前から企画されていた軍事特集であるが、前記の事態と経過を受け、“攻撃されるもの”にフォーカスした軍事特集として打ち出すこととした。この設定により、戦争とは構築された生環境の破壊を目的とすること、攻撃された側は地表の凹凸という構築0(地球)との構築1的(即地的・身体的)関係へ後退し、そこに生存の場所が見いだされることなどが近現代の事例を通じて確認された。

4. 今後の課題  上記成果の一方で、生環境構築史の理念や活動目的が一般(読者)層に浸透したかはやや疑問が残る。そこで、メディアの運営・発行のみならず、生環境構築史という新たな概念に見合った勉強会やシンポジウム等、実地な活動をも展開すべきと考えられた。また先行研究者へのインタビューや関連フィールドの確認には研究メンバーが現地へ赴くことが望ましいが、コロナ禍のため果たされていなかった。よって本助成研究までの活動をベースに、各地フィールドでの調査や対話的活動を今後さらに進める所存である。

2023年8月