成果報告
2022年度
戦前日本における体操の「動作」に関する歴史実証研究
- 北海道大学大学院教育学研究院 准教授
- 崎田 嘉寛
【研究の進捗状況】
本研究は、日本において創案されたが消散してしまった「体操」(連続体操)を対象として、映像資料に基づいて学術的に再現し、その再現した体操を定量的に測定することを課題とした。研究を進める中で、日本人の身体的な動きを改善・向上させたと考えられる体操について、その動きの特徴を実証的に明らかにすることができた。しかしながら、本研究で用いた体操の学術的再現とその定量的測定という一連の手法は、厳密な実証が可能ではあるが、一連の体操同士を比較することに課題があると判断された。そのため、現時点では、体操の動作を記号化し、容易に比較が可能な新たな手法を試作した段階である。
【成果】
本研究の成果として、消失した体操を再現したことが挙げられる。具体的には、初代ラジオ体操(第1:1928年、第2:1932年、第3:1939年)と1930年代の女子を対象としたニルス・ブック基本体操(女子デンマーク体操)を再現した。ここでは、体操の作成者による意図が正確に反映された映像資料を発掘・参照することで、各体操の運動(動作)を正確に再現した。なお、図版資料のみから再現された体操の動きでは、複雑な動作を伴う運動が厳密に再現されていないことも確認できた。他方で、戦前期におけるすべての体操の映像資料が残されているわけではない。そのため、写真資料とその説明文章を踏まえて、戦前期の肢体不自由児に対する体操として、柏倉松蔵の円背矯正体操と脊椎側彎矯正体操を図版化した。
【新たに得られた知見】
本研究によって新たに得られた知見として、初代ラジオ体操を定量的に測定した結果を示す。まず、初代ラジオ体操(第1・2)を光学式モーションキャプチャで測定し、1,032件の関節運動データ(24動作、43種類の関節運動)から、1動作における関節角度データ(S.D.とM.A.D.)を導出した。この関節角度データを「動作」と捉え、初代ラジオ体操第1と第2の動きの違い(全最大角度変位値の総和比較)を検証した結果、第2は第1と比較して動きの幅が約1.43倍大きかったことが明らかとなった。次に、初代ラジオ体操(第1・2・3)を実施した際の心拍数と酸素摂取量を測定した。さらなる検証が必要であるが、医療的観点から作成された第3の運動強度が高く、また呼吸体操として創案された第1・2は体操動作による機能改善が企図されていたことが推察された。
【今後の課題】
戦前期の日本では100近い体操が創案されたと推定されているが、本研究で目指した学術的再現は、その極一部しか達成されていない。他方で、本研究が用いた映像資料に基づいた体操の再現では、体操の動作を他者視点から把握することになる。そのため、歴史的な映像資料から再現した結果を新たに映像資料として残すことは、動作の把握という点に課題が残る。また、再現した体操を光学式モーションキャプチャで測定することは、測定データを「動き」として定義せざるを得ないため、体操同士の比較も限定的なる。以上のことから、体操の動きを学術的に記述(記号化)する手法を確立し、研究を継続する予定である。
2023年8月