成果報告
2022年度
「廃棄」から捉え直す中近世ヨーロッパ水環境史
- 久留米大学経済学部 専任講師
- 齊藤 豪大
1. 研究目的・概要
本研究課題の目的は、中近世ヨーロッパにおける河川・海洋廃棄物とその規制に関する問題を検討し、「水の環境史」を「廃棄」という観点から再考することにある。
バラスト問題などからも明らかなように、これまで人々は利便性などの観点から海や川に様々な物を廃棄してきた。その結果、彼らの生活環境は次第に脅かされることとなり、その対応に迫られる事態に至った。工業化以前のヨーロッパに注目した時に、河川・海洋廃棄物問題の「発見」や「解決」への取組、そしてその「語り」を伝える史料を検討した研究は十分ではない。また、陸上の廃棄問題と比べて、因果関係や被害状況を正確に把握することが困難という問題をどのように克服するのかという課題も抱えている。本研究グループでは、工業化以前のヨーロッパにおける河川・海洋廃棄物投棄問題に注目しながら、海洋や河川の諸活動、あるいは水圏環境や地域社会の変容といった問題について考究した。
2. 研究の進捗状況
2022年度は、九州西洋史学会春季大会でのシンポジウム「水産資源利用の歴史的諸相:中近世ヨーロッパ史の視点から」での報告(2023年4月)、および漁業史・環境史研究ワークショップを開催(2022年11月)して、西洋史の研究者をはじめとして関連する研究者との議論を行う場を設けた。また、コロナ禍等の影響があり十全に行うことはできなかったが、関係する史資料の収集も行った。
3. 研究で得られた知見・成果
これまでの研究を通じて、廃棄とその「被害」をめぐって様々な利害関係者によって主張された内容や構築された論理の一端について確認し、それが政策的にどのような反映がなされたのかについても考察を行うことができた。それとともに、より広い射程から「ある水域における状況と、その変化といったものを人々はどのように理解してきたのか」という問題を、とりわけ水産資源との関わりで考察して議論を深めることができた。
例えば、18世紀後半のスウェーデンでは鰊の魚油が大量に生産され、生産工程で発生する廃棄物は海に投棄された。これに対して漁業者が漁場汚染に伴う不漁を懸念し、政府は海洋投棄を禁止する法整備をすすめた。これに対して、魚油生産業者は、海洋投棄と不漁の間に因果関係がないことを示すために調査活動を行ったり、行政当局に対して交渉などを行ったりした。確かに、19世紀初頭から鰊が出現しなくなるが、今日の研究では北大西洋振動(NAO)による気候変化が魚群の移動に影響をもたらしたとする説が有力視されており、魚油廃棄物による海洋汚染が魚群消失の「原因」なのかは定かではない。このように、海洋への廃棄をめぐって相反する主張や行動が看取された点などは研究上の成果の一端といえる。
4. 今後の課題
今後の課題として、これまで行ってきた個別研究を進展させるだけではなく、中間報告会で指摘された廃棄物の「再利用」に関する問題についても検討していきたい。例えば、船体を支える際に使用されるバラストは投棄された後に、バラストや建材として再利用されていたことが確認されている。ただ、「中近世ヨーロッパにおける海洋・河川廃棄物の再利用」というテーマは研究途上にある。今後、個別研究を深めた上で、様々な時代や地域の研究者と議論を深めながら、「水の環境史」という分野を進展させていければと考えている。
2023年8月