成果報告
2022年度
散歩学の体系化―都市における歩く文化の復権にむけた試み―
- 滋賀大学環境総合研究センター 客員研究員
- 近藤 紀章
1.研究の目的・概要
本研究は、日本固有の文化の中で、目的を持たない散歩や徘徊を捉え直すために【文献調査と現地調査】、【事例をふまえた意見交換】を通じて、「散歩学」の体系化を試みる。
2.成果および得られた知見
○海外都市における散歩の実態を把握するために、ヒアリングと現地調査をおこなった。
・現在海外に在住している人と在住経験のある人に対して個別の聞き取りをおこなった。その結果、東南アジアの都市では、車社会であること、歩道環境が整備されていないこと、空気や気候の影響を受けている。このため、健康目的の散歩やトレーニングとしてのジョギングなどが人気であることがわかった。一方で、ヨーロッパの都市では、家が狭いため、よく外に出て歩く。朝の人が少ない時間、夕方に一杯飲んで、ご飯を食べる間に歩く。健康目的の散歩はない。といった特徴を捉えることができた。
・日本に在住するイタリア人に対して、「散歩」を意味するパッセジャータと日本とイタリアの散歩の違いについて、ヒアリングをおこなった。改めて聞かれると一様にとまどいながらも、時代や個人で異なることを前提として、場所、人、出来事を自らの体験として、概ね以下のように捉えていることが明らかとなった。
子どもの頃のハイキングに近い/都市で見かける健康やトレーニングのためのウォーキングやジョギングとは異なる/イタリア人はおしゃべり好きなので、パッセジャータは一人ではしない/使い方としてはぶらぶらする=文脈によって変わる(お茶をしにいこうに近い)/厳しい外出制限のコロナ禍でパッセジャータに脚光が集まる(方便としての犬の散歩)/イタリアに比べると日本は歩きやすい。にもかかわらず日本人は歩かない。
・これまでに得られた知見とメンバーの研究フィールド(インド、韓国、台湾、ニュージーランド、アメリカなど)での考察を加えて、研究成果をとりまとめ「都市に野生を取り戻すための散歩」(新建築online)に公開した。
・散歩を意味する「ジャラン・ジャラン(インドネシア)」について、インドネシア在住経験のある人との意見交換をふまえて、現地の大学と共同で現地調査を実施した。また、本研究助成の取り組みについて、「Walking or Being Walked? Urban Space and its Design Potential from the Perspective of Strolling Activities」と題して講演をおこなった。
○デジタルネイティブ世代である大学生に対して、身体感覚としての散歩とデジタル機器が与える影響の関係を明らかにするために、大学での講義とアンケート調査(滋賀大学・龍谷大学)をおこなった。これらの結果をもとに意見交換をおこなった。
・ゲームやアプリは歩くきっかけとはなるものの、長続きしない。また、これらを使わなくなった後、外出頻度や歩く機会が減少することがわかった。まちづくりや情報工学の実証的研究で指摘されている「歩く効果」は限定的であることが想定される。
・大学から駅までの経路を描く際に、特に、ランドマークや経路、結節点がうまく表現できない。小学生以降、紙に地図を書くという経験がない学生が多く見られた。デジタル世代は、まとまった地域として都市イメージが形成されていない。あるいは見えている、見ている都市の姿が異なる可能性がある(新たな視座や認識方法を検討する必要性)。
・得られた結果を分析した結果を「デジタルテクノロジーが散歩に与える影響」としてまとめ、公開した。
3.進捗状況および今後の課題
・現在、散歩を意味する「ジャラン・ジャラン(インドネシア)」について、インドネシア在住経験のある人に対するヒアリングをふまえて実施した現地調査の結果を分析中である。データを整理し、「ジョグジャカルタでの現地調査&身体表現としての散歩」をとりまとめる予定である。
・これまでに得られた結果をふまえて、国内外との比較検討と専門家と意見交換を通じて、研究の総括に取り組む予定である。
2023年8月
現職:滋賀大学経済学系データサイエンス・AI イノベーション研究推進センター 講師