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研究助成

成果報告

研究助成「学問の未来を拓く」

2022年度

人中心の子育ち都市づくりに向けて縦割り社会システムを問い直す:保育施設はなぜNIMBYになってしまったか

東京大学先端科学技術研究センター 特任講師
後藤 智香子

1.研究目的  子どもの成育環境が悪化している現在の社会において、子どもの育ちの視点をもって都市づくりをすることは、都市計画の重要な責務である。本研究では、子どもの育ちの局面でも特に保育に着目し、保育園1を対象に検討する。
 これまで著者らは保育園を整備するにあたり地域住民の反対の声があがるケース(いわゆるNIMBY問題)について研究を行い、実際の現場では対処療法的に解決が図られている実態を明らかにしてきた。
 本研究では、本質的な解決に迫るため、人中心の子育ち都市づくりに向けて縦割り社会システムを問い直したい。具体的には、保育施設の配置、整備、その後の運営に至るプロセスのなかで、どのようなステイクホルダー(人)が、どのように(計画・仕組みなど)関与することが、子どもの育ち、そして人中心の都市づくりにつながるかを検討したい。

2.研究進捗  様々なステイクホルダーをつなぐことのできる主体として都市計画・まちづくりプランナー(以下、プランナー)に可能性があると仮説をもち、プランナーへのインタビュー調査を行った。その他、保育などの専門家を招いた研究会を開催した。また、地域と積極的に関わる取り組みをしている保育園2園へのインタビュー調査、現地調査を行った。
 さらに、この研究会の研究活動を社会に発信し、様々な人との対話の機会を創出するため、公開シンポジウムを行った。対面(CityLab東京にて)とオンラインを併用して開催したが、250名ほどの事前申し込みがあり、関心の高さがうかがえた。具体的なインタビュー対象者などは以下の通りである。

  ● プランナーへのインタビュー:株式会社石塚計画デザイン事務所 安富啓氏、NPO法人日本冒険遊び場づくり協会 高橋利道氏、一般財団法人都市計画コンサルタント協会 木村吉晴氏、株式会社ホーホゥ 木藤亮太氏、株式会社地域計画連合 姫野亜紀氏など、株式会社地域計画建築研究所 坂井信行氏  ● 保育園へのインタビュー、現地調査:明日葉保育園、いふくまち・ごしょがだに保育園  ● 外部有識者を招いた研究会4回:白梅学園大学 宮田まり子先生(保育学)、静岡大学 島田桂吾先生(教育学)、東京都市大学 松橋圭子先生、愛知産業大学 高木清江先生、元愛知産業大学 矢田努先生(以上、建築計画学・都市計画学)  ● 公開シンポジウム:保育園の「開き方」 -まちづくりは保育園に何ができるのか(登壇者:上記保育園関係者2名、プランナー 安富啓氏、建築計画専門家 佐藤将之先生、保育学 宮田まり子先生、本研究会メンバー)



3.得られた知見  今回の一連の研究活動を通じて、保育園を、こどもを預かって安全に管理するという閉じた施設ではなく、地域のなかで子どもが育ち、コミュニティの様々な人がつながる拠点として捉えることの重要性を確認し、「開く」というキーワードを導出した。そして、保育園の整備や運営に関わる「開く」パターンとして、①プロセスとして保育園を開く、②保育園の建物を開く、③保育を開く、④地域側が保育園へ開く、という4つに整理し、各パターンの具体的な手法について知見を得た。

 他方、「開く」ための課題も明らかになった。第一に、子どもの安全面の確保である。当然ではあるが、このことが最大の課題となる。第二に、保護者の理解である。地域とのつながりの希薄な保護者も多いなかで、開くことの価値よりもリスクを不安視する保護者も多い。第三に、保育士の労働面への配慮である。保育士の多忙化が既に課題となっている現状において、保育士が負担と感じず、むしろ保育士にもメリットのあるかたちでの取り組みを模索することが必要である。第四に、地域社会の理解と協力である。地域社会側が保育園をまちの一員として捉える視点をもつことが大事である。

 最後に、保育園を開く、保育園へ開くということに対して、都市計画・まちづくりに何ができるのか、一連の調査を踏まえてパターン別に考察した。
① 保育のニーズには変化があるため、道路などと同様に、保育園を法定都市計画に基づく都市計画決定の対象とすることは難しいと考えられる。しかし、保育園の検討にあたっては、保育の担当課だけで待機児童対策のための閉じたハコとして、つまり保育の「量」として検討するのではなく、長期的に子どもが育つ環境を地域でどのようにつくっていくかという視点で保育園の立地等を考えることが大事である。そのためには都市計画やまちづくりに関係する行政担当課や地域の多様な主体との連携が必要である。子どもの参加も必要である。連携には、多様な人同士の対話の場が求められる。現代では、少子化高齢化を背景に、子育ての経験がない人や子育ての記憶が薄れている人も増え、ライフスタイルも多様化していることも留意すべき点である。対話の場の創出やプロセスデザインにおいて、まちづくりが果たす役割も大きいと思われる。 ② 保育園を空間的に開くことは新築のみならず、改修でも可能である。ただし、その際には保育士や地域住民など多様な人の理解が重要となる。①とも関連するが、そうした多様な人の対話の場づくりやプロセスデザイン、加えて実現に向けた専門的・技術的な方策の提示などにおいて、まちづくりが果たしうる役割は大きい。 ③ (④とも共通)地域には多様な空間資源がある。子どもや保育士は、こうした資源の価値を前向きに見出し、使いこなせる主体である。人中心の都市づくりにおいては、今ある都市を人の視点で使いこなすことが重要であり、子どもたちが積極的に地域資源を使える環境を整えるのは都市計画まちづくりの役割である。また、地域に存在する魅力的な人々とのつながりを作り育むこともまちづくりが果たしうる役割である。

4.今後の課題  今回の研究を通じて、保育園や多様な専門家、プランナーと議論する機会をもつことができた。そして、「開く」というキーワードを導出することができた。しかし、得られた具体的な手法は一部にすぎず、本研究の問いにはまだ答えきれていない。研究を進め、体系化、充実化を図るとともに、都市計画まちづくりに何ができるのか模索したい。
 また、今後は保育園を新たにつくるという場面は限られる。社会的に保育園の再編が迫られるなかで、いかにして「開く」のか。これについても研究を進めたい。
 さらに、今回、プランナーへのインタビュー調査を試みたことで、プランナーの役割の可能性やプランナー視点特有の都市計画の課題があることを認識できた。今回の調査を踏まえて、より大規模な調査をしたい。

注釈
1)正式名称は「保育所」であるが、本稿では一般的に使われている「保育園」という用語を用いる。また本稿では、認定こども園や特定地域型保育事業の事業所など、未就学児の保育をする施設全てを含むこととする。


2023年8月
現職:東京都市大学環境学部 准教授