成果報告
2022年度
FREE 無料都市 / 自由時間
- 一級建築士事務所まちむらスタジオ ディレクター
- 木村 浩之
本研究は、公共空間を「無料滞在」「自由時間」という行為を切り口として再検証するものです。無料、それはつまり市民にとっては、(表向きは)だれにでも公平に開かれていることを意味し、個々の自由意志に基づいた行動を可能とします。同時に無料はその空間の所有・管理者にとっては(直接的な)収益性がないことを意味し、その実現には公益性に基づいた理念と政策が要求され、多様な行動を許容することになります。つまり、公共空間の「無料滞在」「自由時間」とは、市民と国家(行政等)の非対称な社会契約の状態が最も顕著に発露する瞬間なのです。
モデルケースとして採択したスイスでは、子供たちのサッカーや大人のおしゃべり、飲食だけでなく、脱衣での日光浴、楽器の練習、炭火を持ち込んでのBBQ、大勢で集まっての誕生日会、毎週開催するダンスクラブ等々、日本の一般常識を外れるような幅広い活動が公共空間にて活発に行われていることが確認できました。
この調査から、公共空間を使い倒せるスイス的な社会とは、(1)利用者のマインドセットと、(2) 周囲の人々の寛容性が適合していると想像できます。そして、このふたつの社会的条件に、(3) 空間デザインが同調したときに、公共空間の本来的可能性が最大限発揮されるのだろうと推察しました。我々はこれらの3要件の共存バランスこそが自発的な公共空間の成立条件であると仮説をたてて研究を進めました。
しかしながら、日本の公共空間を調査してみると、公共空間に「無料で滞在」し「自由な時間」を過ごすことは、現代日本の都市では慣習となっていないだけでなく、忌避すべき行動とさえ捉えられているような状況が見えてきました。実際に、無料滞在の切っ掛けとなる公共空間のベンチ数は極めて少なく、またその利用者も多くは確認できません。また確認できた利用者もおしゃべりなどの「行儀良い」利用ばかりで行動の多様性に欠けていました。変質者扱いされたり、苦情を言われたりするのが怖いという意見も聞かれ、スイス的仮説が全く当てはまらない状況であることがわかりました。
一方、ショッピングモール内やデパート屋上、公開空地など、私有地、商業施設において無料滞在できるスペースが提供され、また利用されていることが確認されました。民的な公共的空間が官的な公共空間に代わって都市生活機能を補完するという日本独自の状況が形成されていることが見えてきました。
助成研究のまとめとして、合計2000枚以上になる各地で撮り集めた写真をウエブサイト形式でまとめます。本研究が扱う「無料滞在/自由時間」は、上記の通り現代日本では見慣れない活動であり、またそれを的確に表現する言語にも欠けているのが現状です。したがって、現段階にて本研究課題についてまとめ、また認知を高めていくには視覚メディアが最適と考え、写真データベースとしてホームページ上で一般公開することにしました。そこには研究メンバーによる小論も順次掲載する予定であり、これが将来の研究継続の基盤となると考えています。
2023年8月